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第6話-1

マシューは急に職場から招集をかけられ、かなり不機嫌だった。本来なら今日は休日だったはずなのだ……半休だが、3週間ぶりの。 「あら、ずいぶんご機嫌斜めなのね」 クリスティーナ……クリスはマシューの上司である。年齢は彼女のほうが1つ上だが、学年は一緒だったので僅差のようなものだ。 彼女はゆったりとした動作でマシューの隣へ腰を下ろした。マシューは今回の事件についての資料に目を通していたが、彼女の方は一切見なかった。 「ご機嫌斜め?まあ、久しぶりの休みだっていうのに呼び出されちゃ、そりゃあ」 「今回は私とあなたでこの件に当たってくれって。人使いが荒いわね、本当に」 「クリスと?2人だけで調べろって?」 「魔法使いは1人で2人分の能力があるから、2人だと4人で調査するのとそう変わらないだろ、って言われたわ」 「そんな迷信をいつまで信じてるつもりなんだか……」 2人は、試験的に民間企業に雇用された魔法使いだった。だが非魔法使いの偏見や差別が中々抜けず、こういった不当な扱いを受けている。 1人で2人分の力量がある、というデマは一体どこから出てきたのかマシューには甚だ疑問だった。確かに魔力がある分出来ることは他人より多いかもしれないが、賢さや要領は普通の人間とそう変わりない。 「私とあなたならやれるわ、でしょ?」 「他の奴と組むより合理的だからな」 「そう言ってもらえて嬉しいわ」 クリスは心にも無いお世辞を言った。マシューは彼女のことを仕事仲間としては信頼しているが、それ以上の感情は持ち合わせていない。……以前チャーリーにちょっかいを出した事以外、彼女に対して特に思うことはない。 「もう目は通せたかしら」 「ああ、少し待て……」 このクリスという女は、いわゆる才色兼備だ。美しく賢く、体力や身体能力も男性に引けを取らないくらい高い。その上コミュニケーション力も高いときている。だから資料に目を通すだけで大体の内容を把握する事が出来たのだろう。……だが、残念なことにマシューは目を通すだけでは掌握できない。一旦内容を自分の言葉で置き換えないと、頭に残す事ができないのだ。 マシューは資料の内容を頭の中で整理した。 アレが初めて出現したのは今から2ヶ月前。 当初は変死体として片付けられていた20代女性が最初の被害者。その女性は死体が発見される3日前から連絡が取れず、死体はその女性の友人が発見した。どうやら彼女は、3日間部屋から……ベッドから、一歩も出ていなかったらしい。それ以外のことは何もわかっていない。 その後も20代の男女を中心に被害が続く。その数おおよそ7人。何かおかしいぞ、とようやく警察が疑問を呈したのは、魔法使いの男性が1人被害に遭ってからだった。良くも悪くも魔法使いの連中はこういったことに慣れているため、彼は「これは魔法を使える何者かが事件を起こしている」とすぐ気がついた。それが3週間前の事だ。 それからこの国に住む、手の空いている魔法使いが街に集められた(といっても人数はごく僅かだ)。彼らは「それらしい被害に遭っていそうな人間を説得し病院に連れて行く」という何とも曖昧な任務を課せられ、実行に移していた。魔法使いの事件は魔法使いが、という非魔法使いとの取り決めによるものだった。 何を隠そう、チャーリーも「手の空いている魔法使い」のうちの1人だった。 被害者の発見された場所はある程度法則があった。だからその周辺を数少ない魔法使い達で何度も目星をつけて回った。その単調ともいえる警備が功をなしたかは定かでは無いが、死者が出る被害はこの3週間報告されていない。

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