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第10話-6
「お待ちかねの地下探索ね」
「案外ただの物置きだったりしてな」
「だと良いんだけど」
クリスは心なしか足取りが軽やかだ。
「お前、まさかただの肝試しだと思ってないよな」
「半分正解ね。お友達とこうやって仕事以外でお出かけするの、なかなか無いんだもの」
マシューは耳を疑った。誰と何をするって?彼の心境などつゆ知らず、クリスはずっと聖母のような微笑みを湛えたままだ。
おれの事をお友達だと思っている……?いいや、友達は友達でも、悪友の間違いでは?
「あなたはお友達よ。たまに喧嘩して物を壊しちゃうくらい仲の良い、お友達」
口元に手を当てふふふ、とうっとりするくらい優美な微笑みを浮かべているが、発言は殺伐としている。物を壊してしまうくらいの喧嘩を友達としたくは無いだろう……チャーリーならそう言う、多分。
マシューは諦めた気分になって、クリスと地下へ降りた。
地下は明かりが差し込まないため薄暗く、本来天井にある筈の蛍光灯は撤去されており電線が見えていた。
地下は地上よりはるかに寒く感じられた。
「うーん、予想通り真っ暗ね」
「ああ」
「じゃ、ライト出して。あなた得意でしょ」
「お前だって出来るだろ……」
「私は炎の扱いが苦手なのよ。それに、あなた炎の扱いは誰よりも上手いじゃない」
そう言われると悪い気はしない。マシューは器用にも前方1メートルの場所に20センチほどの炎を出した。地下通路が見やすくなり、探索を始める。
「何の変哲もない地下、って訳でもなさそうね」
クリスが珍しく神妙な面持ちをした。マシューも同じ気持ちで、誰でもわかるくらいこの地下は雰囲気が異様だった。
牢屋、だろうか。ただ、3階の物とは明らかに別物だった。4つある扉の覗き窓には全て鉄格子が嵌められていた。最後の瞬間、ここにも人がいたのか扉の下からはみ出るように数人分の血痕の跡が残っていた。
4つの扉の下からとりわけ、血痕の跡が多い場所があった。心なしか臭いまでしてきそうだ。……マシューは心を落ち着けると、その扉を開けて中を覗いた。
部屋の中を見た感想としては、何だこの部屋は、が正直なところだった。まるで凶悪犯が収容されていたかのような部屋の内装。
地下のため当たり前だが窓は無い。その上蛍光灯並びに電気のコンセントすら見当たらなかった。電気、トイレや洗面所の水回りなど、この部屋には現代の生活に必要なライフラインが何も存在しない。唯一あるものといえば、仰々しく鎖が壁に埋め込まれており、その先に手錠のような物が付けられている。
床に視線を移したマシューは眉を顰めた。血痕と、おびただしい量の白い羽根が床に散っていたからだ。
「……本当に、警察連中はちゃんと捜査したんだろうな」
「我が国の警察を疑うの?怒られちゃうわよ」
「疑ってはいないよ」
残念ながら、この国の警察は真面目とは言い難い。
だがさすがにこれほどまでの惨事の調査を簡単に済ませるはずがない。何もわからなかったのだろう。地面に残された羽根は押収されていないのか……ラッキーだ。
「この羽根、何の羽根だろう」
「かなり大きいわね。大きな鳥かしら」
マシューは魔法で羽根を浮かし、他に何かないか確認すると紙と鉛筆が(羽根と同じく血に塗れて)あった。クリスがその紙を宙に浮かして2人が見える位置まで持ってくると「あら」と驚いたような声を漏らした。マシューは面白くなかった。
そこには、3階で見たものと酷似した天使が描かれていた。上から下まで白く、羽根が生えた。
帰りに車を運転しながら、クリスは口を開いた。
「ねぇ、あなた天使なんて信じる?」
「……どうだろうか」
「そうね……どうかしら」
「だが、おれの希望としては、信じたくない」
「奇遇ね、私もよ」
2人の意見が珍しく合った瞬間だった。
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