44 / 1012

正体

男の甘い言葉に、祐羽は視線をさ迷わせながらも口を開いた。 今この場で、自分を分かってくれる相手は目の前の男しかいない。 この苦しい、どうしていいか分からない気持ちをことばにすることで、気持ちを落ち着けたい思いもあったからだ。 「あのっ…僕、騙されて来たんです」 男と少し間をとって隣に座った祐羽は、自分がどうしてこの場所に居るのかを順を追って説明をした。 祐羽が話をしている間、男は優しく相槌を打ってくれる。 「そしたら、契約書に無理矢理サインをさせられて」 「サインをさせられたのか…。そんな事を言われたら断れないねぇ」 男は祐羽の肩に、さりげなく手を掛けてきた。 励ますように軽く数回撫でた。 その手に気づいたものの祐羽は、話に夢中になっていたのと、男の触り方があまりにも自然だった為、特に警戒をしていなかった。 「そうなんです…。僕が逆らったら家族に迷惑が、かかってしまうんです」 「迷惑かけたくないよね?君は、なんて優しい子なんだろう」 俯く祐羽に今度こそ男が腕を回してきた。 「えっ⁉」 驚く祐羽に、男が顔を寄せて囁いた。 「サインには逆らえない。家族に迷惑をかけたくない…それにはどうすればいいのか、君には分かるかな?」 あまりに近い男の顔に、祐羽は身動きがとれなかった。 そのまま固まった状態で、それでも首をゆっくり左右に振った。 最善の策があるのなら、是非とも聞きたい。 この場所から逃れる方法。 そして、この世界から抜け出す方法をー…。 ドサッ 祐羽は安いであろうベッドへと、男に押し倒されて呆然とする。 祐羽の華奢な肩を押さえつけた男は、意地の悪いニヤついた表情で、見下ろしていた。 「簡単だ。こうして男と寝て、金を稼いで稼ぎまくる。契約は守るし、家族も守れる。そして、大金が入ればお互い幸せだろう?」 男はそう言うと、目をクククッと気味悪く笑った。

ともだちにシェアしよう!