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小脇に仔犬

騒がしい店内のこの場所だけは、時が止まったかの様だった。 祐羽には九条しか視界に入っていない。 他の人間の声も賑やかな店内に流れる音楽も、何も聴こえない。 「来い」 そう言うと九条の男らしい手が、祐羽の手首を掴んだ。 「わっ⁉ えっ⁉」 急に引き上げられて、足がもつれてしまう。 ベッドから落ちそうになった祐羽を九条が、ヒョイと抱え上げた。 「あっ⁉」 「暴れるな。犬らしく大人しくしてろ」 「犬…?」 そう言われて小首を傾げていると、まさかの小脇に抱えられる。 「動くな」 驚きに体を動かすと、低い声で咎められる。 「社長⁉」 祐羽を軽々抱えて九条が廊下に出ると、控えていた眞山が驚いた様子で声を掛けてきた。 「戻るぞ」 「はっ‼」 眞山が頷くと、九条はそのまま狭い店内を進み出る。 ブランと手足を投げ出したままの祐羽は、大人しく運ばれる。 暴れたところで、どうにもならないと分かったからだ。 九条の力には到底敵わないし、逃げたところで周りには部下が控えている。 ひとまず店を出て落ち着いたところで、お礼を言って帰らせて貰おう。 九条はヤクザだが、こうして二度も助けてくれたのだから、本当は悪い人間では無いのかもしれない。 暴力だけは容認出来ないが。 「あわわわっ‼」 店を出た祐羽は、自分が下着姿だと思い出し慌てて隠そうとしたが、それも出来ず。 そして顔を赤くして、そのまま車へと運ばれた。

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