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信じたい
ちょっと安心したせいだろうか。
祐羽は、あまりの美味しさから三つ目のパンを頬張っていた。
デザートにもなるカスタードに苺の載ったパンは、甘さも程よく、最高に美味しかった。
苺は大好きなので、遠慮なく頂く。
クリームを口の端につけて、それをペロリと舌で舐めとりながら視線を横へと投げた。
この緊張感の原因である九条はというと、コーヒーを飲み終わると何処かへ消えてしまった。
「ふぅっ」
姿が見えなくなり、一体何処へ?と疑問に思いつつも緊張感で固くなっていた体から力を抜く。
こういう単純なところをよく皆から呆れられているが、それが却って好かれる一因でもあった。
「ぁ…っ」
すると見計らったかの様に、九条が戻ってきた。
片手にタブレットを持って現れ、ソファに座り膝の上で何やら始めていた。
再び祐羽は背筋を伸ばしたが、九条はこちらを一切気にしていない様なので、次第に力を抜いて再びパンを咀嚼した。
そうだった。
正直、呑気に朝食を頂いている場合じゃない。
無断外泊して未だに連絡を入れていないのだから、両親はもの凄く心配しているに違いない。
これだから自分は天然だお気楽だと言われてしまうのだろう。
よし。
まずは九条さんに連絡入れさせて下さいって言って、それから直ぐにでも帰らせて貰おう。
自分の荷物は店に置きっぱなしで、着る服も無いとなると、頼れるのは九条だけだった。
パンなんて呑気に食べてはいても、正直ちょっとだけ緊張はあった。
先程のやり取りを通じて、九条の事を信じてはいる。
けれど、相手は昨日今日会った人間で、実際に性的な暴力を受けたのだ。
いつ九条の気分が変わって暴挙に及ぶか、無理難題押しつけてくるかとお気楽なりにも実は少し怯えている。
今の九条は無表情で愛想の欠片もない男だが、特別祐羽が嫌がる事はしてこない。
逆に気遣ってくれて、歩けないと抱えてくれるし、こうして朝食まで提供してくれている。
そして、思ったよりも本当に優しい。
信じている。
信じたい。
それでも、どうして自分を抱いたのか。
どうして自分を家に連れ帰ってきたのか。
それを一切聞いていないのだ。
そして家にかえるまで、彼の言葉が本当だったと証明されない事には信じきれない。
九条という男は何を考えているのだろうか。
ぐるぐると複雑な思いが脳を刺激する中、最後のひとくちを口へと入れた。
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