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夕暮れ
次に目を開けると室内は薄暗くなっていた。
「ん…」
少し瞬きをしてからあくびを噛み殺す。
どうやら昼ごはんどころか夕ごはんの時間まで寝てしまっていたようだ。
それだけ体も心も疲れきっていた様で、ぐっすりと夢もみていない。
それは却って好都合だったかもしれない。
どうせ見るのは悪夢に違いないからだ。
体に残る痛みと怠さから昨夜の出来事が否応なしに脳裏を過る。
「はあっ…っ」
思い出すなと思っても甦る。
カアッと頬が紅潮するのが分かった。
この一度刻まれた記憶はあまりにも強烈過ぎた。
祐羽は軋む上半身をゆっくり起こすと、枕元に置いているぬいぐるみを手にして、その目を見つめた。
何も知らなかった子どもの頃に帰りたい。
いつまでも普通の毎日が永遠に続くと思っていたのに…。
どうして、あんなことになってしまったのだろうか。
とりあえず両親は上手く誤魔化せた。
自分さえ黙っていれば大丈夫。
トラブルに巻き込まれ揚げ句、男に犯されてしまったなど。
これは死ぬまで秘密にしておくことが、自分にも両親にとっても幸せなことだ。
誰にも相談できないこの出来事を抱えて生きていくのは苦しい。
けれど、それしか方法がないのだから仕方ない。
事実起きたことを無かったことになど、出来はしないのだから。
「……ぁ」
そこで、ふと祐羽が一瞬思い出したのは、テーブルで朝食をとった時の九条の顔。
偉そうでぶっきらぼうにパンを進めてきた声。
けれど少し違った雰囲気を感じたのは気のせいだったか…。
その時の九条はどんな目をしていただろうか?
思い出せない。
自分を強姦した相手…。
そう自分は強姦されたのだ。
男どころか女も知らない誰とも付き合ったことすらない自分に、無理矢理性的な事を強要した相手。
怖い、許せないという思いと、二度と会いたくないという思いがあるはずなのに、何故かモヤモヤしたものが湧き起こる。
「…なんで?」
そんな自分が分からなくて、祐羽はポツリと呟いた。
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