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勇気はなく
はっきりいって、この状況の中呑気にお茶などしている気分ではなかったが、九条に命令に近い形で言われては逆らえるはずもなく。
祐羽は「はぁ」と気のない返事をするとそろりとジュースの入ったグラスに手を伸ばした。
ひと口飲むと覚えのある味が舌に広がる。
あ、これ…。
あの初めて体を奪われた翌日に、九条が用意してくれたジュースだった。
それと同時にあの日を思い出し、怒りと悲しさと混乱と恥ずかしさが一気に襲ってくる。
だからといってどうにも出来ないモヤモヤが渦巻く。
あの時の事を思い出すなと言い聞かせると、複雑な心境を抱えたまま祐羽は平静を装ってジュースを飲んだ。
この九条によって初めてを…恋愛対象が女の子である男なら経験しないであろう事を無理矢理行われて、男なのに理由もなく処女…というのだろうか?を奪われたのだ。
だから祐羽は怒っていい。
けれど相手はヤクザで、しかもどうやら組長で、誰も逆らえないというのは九条を前にすると納得出来た。
纏うオーラが全く違うのだ。
組員もだが、あの金融業を生業としていた男さえ怖れ戦いていたのだから…。
そして部下相手に情け容赦無く暴力を奮った男だ。
今は静かだが、いつまた力業で来るか分からない。
そう思うと少しだけ顔を出すなけなしの強気の心は、直ぐにシュルンッと持ち主の心の中へと逃げ込んでしまっていた。
あの日少しだけ見つけた目に浮かんだ色があれば、話掛ける事が出来るかもしれない。
ジュースをちびちび飲みながら、九条を伺う。
「!!?」
勇気を出して見てみると、九条もこっちを見ていて思わず口から吹き出しそうになる。
なんでこっち見てるの?!
居たたまれない祐羽は、視線を思い切り外してジュースに集中した。
それでも九条の視線を感じずにはいられなかった。
早く何とかして帰りたい。
祐羽は小さく溜め息を吐いた。
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