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胸が苦しい音を出す

大きな変化は見られなくても違うことが分かる。 その証拠に、さっきまであった空気の息苦しさが無くなっていた。 目の前に座っている九条は、目を閉じて1度フッと溜め息を小さく吐くと、真っ直ぐに祐羽を見てきた。 「帰らせてやる」 「…!」 「だから泣くな…めんどくせぇ」 九条は視線を外して、唇を引き結んだ。 表情からは細かい九条の機微は読み取れない。 けれど、その声と態度で怒ってもなく本気で嫌がっているわけではないのが伝わる。 なんだか聞き分けのない子どもに譲歩する大人…という感じだ。 少し人間味のある九条を初めて目の当たりにし、祐羽は不思議な感覚に胸がキュッとするのを感じた。 なぜか苦しい。 祐羽は無意識に胸に手を持っていった。 苦しいといっても胸がいっぱいというのが正しいだろうか? 「…?」 けれど、それ以降は胸が苦しい事もなく。 一瞬だけの違和感に、祐羽は深く考える事もしなかった。 気持ちを戻した祐羽は、改めて九条を見つめた。 九条は視線を他に向けたままカップを手にして、コーヒーを飲むともなしに飲んでいる。 今なら声をかけられる。 そう思った祐羽は、1度息を整えると九条に向かって頭を軽く下げた。 「あ、ありがとうございます…!」 拉致した相手に礼を言うのもおかしな話しだが、とにかく嬉しい。 これで帰れるのだから。 それに、九条が自分の気持ちをちゃんと汲んでくれたことが本当に嬉しかった。 泣いてしまったが、ちゃんと言葉で伝えれば分かってくれるんだ、と。 さっきまで泣いて潤んだ目もそのままに、口許を緩めてニコニコする祐羽に九条が視線を戻してきた。 あ、やっぱり怖くない。 その顔を見て、祐羽はそう思った。 九条は仕事や機嫌の悪い時の黒いオーラのオンとそうでない今の様なオフがある。 それは目の色やオーラでしか分からない微々たる変化だ。 祐羽はその微妙な変化が分かるようになり、自分でも不思議に思いながら九条を見つめた。 なんで分かるんだろう…変なの…。 そんな風に思いつつも嬉しさを伝えるために、祐羽は頭を下げた。

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