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並んで座って

いつまでもトイレに籠っているわけにもいかず。 祐羽は前回の訪問により勝手知ったる洗面台でついでに顔を洗った。 それから眉をへの字にして、しおしおとリビングへと戻った。 視線を向けると、九条がスマホを片手に何か見ていたが祐羽が戻ってきたのを確認するとテーブルの上へと静かに置いた。 顔がこちらに向けられて無言で『来い』と言われているのが分かった。 祐羽は、緊張や先程の勘違いからくる恥ずかしさに顔を赤らめたまま近づいた。 隣に…座る。 それだけの事なのに、口から心臓が飛び出しそうだ。 大人の男といえば父の亮介と教師や部活の顧問くらいしかよく知らない。 そんな経験値しかもっていない祐羽に、九条という存在は何もかもが違って大きすぎた。 これ以上待たせて怒りを買うわけにはいかない。 「…失礼します」 ボソッと呟いて祐羽は勇気を振り絞り、自分から隣へと座る。 ひとり分の余裕を持って座って、前を見るともなしに見る。 一体視線を何処にやればいいのか検討もつかない。 今、九条はどういう顔をしているのか…と思ったらまさかの消されたテレビに九条と自分が、鏡の様に写っているのに気がつく。 「ぁ…」 思わず小さな声が出たのは仕方ない。 九条が祐羽の横顔を見ていたからだ。 テレビに写る自分と九条。 九条が自分を見ていると分かって、なぜか恥ずかしくなる。 そんな祐羽の心の内など知りもしない九条が、声をかけてきた。 「おい。いつまでぼーっとしてる。番組なんでも好きなヤツ出せ。暇潰しだ」 「は、はいっ!!」 突然の指示に祐羽は視線をテーブルに戻すと、慌ててそこに置かれていたリモコンを手にした。 プチッという音と共にテレビが点く。 直ぐに映像が流れ始めた。 おかしな緊張感に包まれた静かな室内が、一気に賑やかになる。 その事に祐羽は少しホッとして、チャンネルを変えた。 けれど平日のこの時間。 どこもワイドショーで芸能人の交際発覚をしていたり、お笑い芸人が街を探訪して歩く番組だったり、料理番組だったりとどこも九条と祐羽がふたりで観て楽しめそうな番組ではない。 祐羽は我慢していいとしても、九条だけは楽しんで心穏やかに過ごして貰いたい。 九条の為というよりも自分の安心安全の為という方が大きいが。 どうしたら…。 途方に暮れる祐羽に「貸せ」と手が伸ばされる。 手の持ち主をゆっくりと見て、それから静かにリモコンを渡した。 大きな手と長い指でリモコン操作を始める。 そんな九条を見ながら、思わず『カッコいい…』と思ってしまう。 そんな場合ではないというのに。 ヤクザとはいえ顔は文句なしに整っている。 だからつい顔を見つめてしまうのは、男相手とはいえ仕方ない事なんだと祐羽は自分に言い聞かせた。

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