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第203話 糸が解れて
相手はヤクザであって百害あって一利なし。
早々に話を切り上げる必要を理解はしているのに、どうしてかそんな気持ちが起きない。
「そうなんですか…」
縁を切りたいはずなのに、カッコいいし意外に優しいとか時々思ったりなんかして。
そしてたった今、声が好きだとか気づきたくなかったのに気づいてしまった事実がまた増えてしまった。
顔を見てみたくて残念だなんて、心の片隅で思っている自分を認めたくない。
矛盾した気持ちが自分の行動迄も支配していく。
無理矢理体を奪って、自由も制限し、今度は父親の仕事を盾にして言うことを聞かせようとしているかもしれない恐ろしい相手だ。
黙ってやり過ごし、後は電話を早く切り上げる様に仕向ければいい。
「あ、その…っ」
それなのに僕、何で話しかけてるの?
何故か声が聞きたい。
まるで麻薬の様に支配されていく脳が、もっとと訴えかけてくるのだ。
そして話をしたいという欲求が沸き起こる。
もっと何か喋って欲しい。
「お、お仕事っ。お疲れ様でした!」
照れのようなものも手伝ってか、少し勢い込んで言ってしまい、しまった!と唇を噛み締る。
失敗に怯えた祐羽だったが、耳を澄ませている器械の向こうで、不思議と空気が和らいだのが分かった。
あ。もしかして今、九条さん…笑った?
そう思うとあれだけ緊張していた体の力も抜けていき、知らず知らず祐羽の顔に笑みが浮かんでいた。
『疲れてはいない』
「えっ。そうなんですか?凄いです」
『大したことじゃない』
「えっ、いや大したことだと思います。本当に凄いと思うんですけど…」
『そうか。なら素直に受け取っておこう』
あ。僕と九条さん、今普通に話してる…?
あんなにも沈黙が続いたふたりが、こんなに話を無理なく進められているのは初めてに近いかもしれない。
九条は口数が少ないが必要な事は言うし、自分も親しい人とは普通に喋る。
ただ祐羽が喋らないから余計に沈黙に陥っていたのだが、緊張の糸が少し解れた今は話す事が苦ではなくなっていた。
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