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第204話 想像するあの人は

沈黙地獄は過去の物になるかの様に、話が成り立っている。 それに加え甘い声が耳と脳を蕩けさせてゆく九条の優しく囁く会話は、心地よい。 相変わらず九条の言葉数は少ないが、それでも充分だった。 九条さんもちゃんと言葉を返してくれるから。 それが嬉しくて、もっと何か話し掛けてみようと思うが一足先に九条の方から終わりの台詞を切り出されてしまった。 『時間も遅い…。早く寝ろ』 「あ、はい。…寝ます」 けれど九条の声はいつもの強制するような口調ではなく、労る様なそんな声音だった。 これで会話も終わりとなると分かり、心底残念に思いながら、祐羽は素直に返事をした。 「…おやすみなさい」 祐羽は全神経をスマホに向けて、正確に言えば九条へ注ぎながら挨拶をする。 この残念だと思っている自分の気持ちが伝わるといい…そう思いながら。 すると低い甘い声でひと言だけ返ってきた。 『あぁ…またな』 その1拍後スマホの通話は切られた。 いくら耳を済ましても当然だが、声も気配も感じられない。 けれど祐羽の耳はそのままスマホに当てられていた。 まだ耳の奥に九条の声が残っていて、もう少し余韻を楽しみたい。 それにしても九条は一体どんな顔をして、今夜話をしてくれたのだろうか? 想像しても九条の顔は相変わらずの無表情だった。 漸く耳から離したスマホの画面を見つめる。 「…どんな顔して話してたのかな?」 今すぐ九条の顔を見て確かめてみたいと思う気持ちが祐羽の心に溢れたのだった。

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