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第206話 あの人のことばかり

黙って俯いているのも香織を心配させるので、挨拶をして朝食を食べはじめた。 けれど、祐羽の頭の中は九条でいっぱいだった。 亮介の会社との契約話を九条の差し金と決めつけているが、もしかしたら違うかもしれない。 これを脅しに使う可能性を考えていたが、昨夜九条と話をしていて、もしかしたら自分の考えすぎなのではないかと思い始める。 九条さんだって大きな会社の社長さんだし、さすがに私情なんて挟まないよね。 どれだけの価値が自分にあると思ったのか。 自意識過剰な自分を恥じて、祐羽は頬を赤くした。 それこそ九条と会った時に、なんとなく訊いてみればいいのかもしれない。 よく考えてみればしか会っていないのだから話す機会も少なく、当然九条の事など殆ど知らないのだ。 話す事で九条の考えが少しは分かるかもしれない。 昨夜みたいに自分が自然に話す事が出来さえすれば…。 九条と会って直接話をしてみたいと思っているそんな自分に驚いてしまう。 あれだけ嫌がっていた相手に一体どうしてこんな化学変化が起きたのだろうか。 「ゆうくん、時間大丈夫なの?」 「へ?」 九条のことばかり考えていたせいか、現実世界へと引き戻す母の声に我に返った祐羽は間の抜けた声を発した。 それからテレビに表示されている時間を見る。 「えぇっ!!もうこんな時間なの?!」 いつもならもう玄関で靴を履く頃だった。 祐羽は慌てて箸を動かしてご飯を口へ運んだ。 いつもより家を出る時間をとっくに過ぎてしまっていた。 「行ってきま~す!」 「いってらっしゃい、気をつけてね」 香織に玄関で見送られドアを閉めた祐羽は、慌てて自転車に乗ると家を飛び出した。 いつもより自転車を速足で漕いで駅へ向かうが、祐羽の漕ぎっぷりではたかがしれている。 いつもは少し余裕をもって家を出ているのだが、これでは遅刻ギリギリになりそうだ。 けれど、こうして風を受けながら自転車を漕いでいるのが気持ちいい。 駅に向かいながら祐羽の脳裏には、九条の顔が思い浮かぶ。 今日、九条さんに会って話が出来るかな…出来るといいんだけど。 今なら昨日みたいに話せる自信があるんだけどなぁ。 あれだけ悩んで過ごしたのが嘘のように、九条との会話を終えてから何故か心が不思議と軽い。 「~♪」 遅刻ギリギリという事も忘れて、自然と呑気に鼻歌も出たりした。 そうして自然と表情を緩めた祐羽は、ちょこちょこペダルを漕ぎながら機嫌よく駅へと向かった。

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