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第219話 甘い馨りに

てっきり九条の家に行くかと思っていたので、ちょっぴり拍子抜けする。 しかし何処へ行くのかは、その後九条が全く口を開かないし、祐羽自身もやっぱりこの静かすぎる車内の緊張感に包まれ何も訊けない。 まさか変な所に連れていかれるとは思わないが、ある可能性に気がつく。 まさか組の事務所とかじゃないよね? そう思うと眉がへの字になる。 怖い男達に囲まれて、正座する自分を想像してしまう。 それだけで恐ろしい。 「…っ」 祐羽は肩を落とし、しんなりと萎れた。 そんな様子を観察されている事に気づかない祐羽は、車の走行音だけを耳に目の端で九条の長い脚を捕らえるだけの時間を過ごした。 そんな様子で車内を過ごしていた祐羽は、さっきから密かに隣からの馨りに小鼻をひくつかせていた。 微かにスパイシーな…けれど甘く爽やかな香りが祐羽の鼻腔を刺激する。 九条のつけている香水だろう。 以前の香りと少し違う。 前も爽やかで大人の出来る男といった香りだったが、今日は違う。 いつまでも香っていたい…そんな香りだ。 この匂い好きなんだけど、なんかクラクラしてきた…。 「…」 頭の中が益々まっ白になり、祐羽がぼーっとなりかけた頃。 車は漸くある店へと入って行った。 車が店のエントランスに停車すると、直ぐ様眞山が外からドアを開く。 「どうぞ。…月ヶ瀬くん、早く降りてください」 「…ッ!!すみませんっ!」 九条の馨りに脳内がぼんやりと思考放棄に傾き出していたが、外からの新鮮な空気に意識を取り戻した。 眞山に促されて戸惑いつつも慌てて足を下ろした時には、既に反対側から降りたらしい九条が待っていた。 黙って立ち祐羽を見下ろす九条は、長身で体格も良くスーツが恐ろしいほどに似合っている。 背後の店の煌めく明かりさえ彼の為に用意されたかの様だ。 目がチカチカする。 あまりの眩しさに思わず瞬きをした。 「…高そう」 外観だけで高級店という事が分かる。 それにしても僕…この格好…場違いな気がする。 そう思いながら自分の姿を見下ろした。

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