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第238話 キャンセル
九条は長い指先で、画面をタッチしている。
そんな風に、九条がメッセージを誰かに対して直ぐに返している所は見たことがなくて驚きしかない。
いつもなら後回しにするのに…。
珍しい事もあるものだな。
そう思いながら見ていると、ブブッというバイブ音と共に車が表に回された知らせが届く。
すると返事を終えたのか、ちょうど九条がスマホを懐へと仕舞ったところだった。
それに合わせて、眞山は声を掛けた。
「社長。お車表に回しましたので、どうぞ」
立ち上がった九条に直ぐ様、眞山がジャケットを羽織らせる。
「眞山」
「はっ。なんでしょう?」
眞山は九条の鞄を抱えて、歩き出した主の後に続く。
「明日の夜は何か予定があるか?」
「はい。明日の午後7時からいつもの料亭で新倉組長との食事会が入っています」
「キャンセルだ」
「…、キャンセルですか?」
まさかの言葉に一瞬だけ言葉が詰まった。
新倉といえば若い頃から九条の力を買ってくれていて、よく助けてくれてきた。
いくら九条が親戚といえども、兄貴分の新倉を特別な理由もなしに今更の断りは難しい。
「そうだ」
九条の為にエレベーターのドアを社員であり部下でもある男が開けて待っている。
乗り込むと同時に一緒に乗り込んで来た部下の男によってドアが閉められ、箱が下降していく。
そして軽い音と共にエレベーターが一階へと辿り着きドアが開いた。
「どうせまた女の紹介だろう」
九条がやれやれと溜め息をつく。
新倉は嫁として合いそうな女やベッドの相手として極上の女が居ると九条に紹介するというのが、楽しみの男だった。
断るには理由が要るが、あの新倉が納得する答えがあるだろうか?
九条に合った女を与えるのを兄貴風を吹かせているのかどうなのかは分からないが、楽しみにしているのは確かだった。
それを断るというのは、何か納得させる理由でもなければ怒って乗り込んで来かねない。
どう言うべきか?
眞山は少し汗を浮かべながら頭の中で思考を巡らせる。
その間にも九条はホールを長い脚で通りすぎると、用意されていた車へと素早く乗り込んだ。
眞山が助手席へ座り車が発進すると、そこで漸く口を開いた。
「眞山」
「はい」
九条はハラリと落ちた前髪を邪魔そうに払うと、それから少しだけ纏っていた己の空気を緩めた。
「デートの約束が出来た…。そう伝えとけ」
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