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第275話 時間は有限
目つきも艶を帯びているし、吐息を含んだ魅力的な低音ヴォイス。
お陰で潤んで流れそうだった涙も引っ込んだ。
なんで九条さんはいつも距離が近いの?!
心臓に悪いよ…!!
つい恨めしく思ってしまう。
せっかく引いていた熱も再び点ってしまったではないか。
そんな考えが伝わったのか、九条は鼻先で笑うと捕らえていた祐羽の顎先から指を離した。
あからさまにホッとしてしまったのは不味かっただろうか?
そんなタイミングを見計らったかの様に、会場のBGMが一変した。
『こんばんは~!これからイルカ達によるナイトショーを始めたいと思います。よろしくお願いしま~す!はいっ、拍手~!!』
向こうのプールサイドを舞台に、現れた飼育員の女性が元気に挨拶をすると、会場は拍手に包まれた。
いよいよ始まるとなり、拍手をしながら祐羽もショーへと期待が膨らむ。
けれど、どうしても心の片隅に住み着いた悪意の影が去ってくれない。
今も会場の何処からか見られているかと思うと、素直に楽しめそうもない。
ついキョロキョロとしてしまう。
どこから自分を見張っているのだろうか?
「時間は限られている」
不意に九条がそんな事を言ってきた。
「え?」
驚いてそちらを見るが九条は前を向き何処か遠くを見ている。
「くだらん悩みに割くだけ無駄だ」
「…」
「お前の人生にこれから一生関わるような悩みか?」
そう問い掛けられて即答出来る。
あの女の子とは水族館から出れば、もう会うことは無い。
「…いえ。悩んでますけど…一生ではないです」
「なら悩むな。時間と精神力の無駄だ」
他人からどう言われても非がなければ堂々としていればいい。
自分と九条の問題であって、赤の他人からどうこう言われる筋合いもないのだし、明日からは会うこともない相手だ。
「お前が払拭できない悩みなら話せ。俺がどうにでもしてやろう」
こちらに顔を向けた九条がフッと口元を少しだけ持ち上げた。
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