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第339話 お礼
「いえっ、そんなことは!」
とはいえ、ほぼ食べていないのだから説得力には欠けるだろう。
祐羽は視線に入った空の器を見て口を開いた。
「ちょっとだけ考え事をしてしまって。すみません」
そう言いながら、エヘヘと少し笑ってしまったのは許して欲しい。
なんかちょっと照れる…だけどこの嬉しい気持ち、九条さんに言いたいな。
こんな豪勢な料理を前に考え事とは失礼だろうが、でも言うことで相手に伝わる事もある。
祐羽は両手で箸を持つと、目の前に座る九条の顔を遠慮がちに見つめた。
「僕の苦手なお刺身、九条さん言わなくても分かってくれたじゃないですか?」
その時を思い出して自然と口元が緩む。
そうだ。
食べられなくて困っているのを言わなくても察してくれた九条が、代わりに食べてもくれた。
「それだけじゃなくて、残すの勿体ないって気持ちも汲んで下さって本当に嬉しかったんです」
ここまで言うと、何故だか恥ずかしくなってきてしまった。
それだけ九条が祐羽の気持ちに寄り添おうとしてくれていた証なのだ。
「しかも食べて貰って、すみません」
それから「ありがとうございました」と頭を軽く下げた。
口に出すと改めて九条のしてくれた事がどんな事か理解出来た。
人の機微に敏いのだ。
だから組長という場所に立っていられるし、自分も心地よく過ごさせて貰えているのだと…。
祐羽はムズムズする口元を益々緩めると、相好を崩した。
それを見た九条は、ほんの一瞬だが目を開くと優しく細めるのだった。
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