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第343話 記憶
何故か泣きたくなってきて、外の景色が潤むのを睨み付けてグッと我慢する。
泣くなんておかしい。
何を泣く必要があるんだろう。
祐羽は静かに深呼吸を繰り返すと、一生懸命涙を堪えた。
けれど、涙は流れなくても心のモヤモヤは増える一方で、気分は下降するばかりだ。
その理由には嫌でも気がついている。
避けて誤魔化して、気づかない振りをしようとする自分が居る。
頭では正しいと思い込もうとするのに、心が許してくれないからモヤモヤしてしまうのだ。
何の情報も入ってこない夜のきらびやかな街が流れるのを無言で見送る。
頭の中は今日の水族館での出来事が甦っていて、あの女子高生との嫌な記憶は排除され、九条との楽しかったシーンばかりが繰り返される。
何でこんな事ばかり思い出しちゃうんだろう。
嫌な事をされたのに、無理矢理言うことをきかされてるのに。
そう、今の関係は元々は無理矢理始められたものだったはず。
なのに…。
駄目だと強く否定する自分が居るけれど、それを押し退けようとする自分が確実に居て、祐羽の胸が痛みを生んだ。
九条さんと話をして、そして、僕は…。
苦しくて目を閉じて、それからシャチに顔を埋めた。
こうでもしなければ、泣きそうになって変な顔をしている自分を隠せないからだ。
なんとか泣くのは誤魔化そうとするが、肝心の問題が解決出来ない。
九条さんに話さなきゃ…さよならして、もう会わないって…でもこのまま九条さんの家に行ってから話をする自信ないよ…。
九条の家で朝食を食べたり、一緒にソファで映画を観たり…そんな記憶も呼び覚まされる。
あの無理矢理された時の嫌な記憶よりも楽しい思い出が、出来事がどんどんと溢れて来て、祐羽はいよいよ泣きそうになった。
「…っ、ぅ…」
思い切りギューッと目を瞑り、暗示をかける。
泣かない、泣かない、泣かない、泣かない、
「着いたぞ。降りろ」
「!!」
九条の言葉に、祐羽はハッとして目を開いた。
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