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第352話
聞けばこのざわつく心の原因が何かが、きっと分かる。
だけど、それを訊くのには勇気がいる。
九条の裏の仕事を知ってはいても詳しく調べなかったのと同じで、自分を側に置こうと思ってくれた本当の意味を知るのが怖いから、訊けないでいる。
祐羽を繋ぎ止めておく為に、父親の仕事までも利用した九条。
そこまでして自分を側に置いておく理由。
そして、あんな事をした理由…。
あの無理矢理、何も分からないうちに初めて体を奪われた夜とは違う。
九条は今、きちんと言葉にして伝えてくれている。
それなら、本当の事を教えてくれるはずだ。
九条さんは僕に嘘をついた事は無い。
だから、これから聞いた答えは信じられる…。
祐羽は、九条からの答えがどうとか、縁を切らなけらばとか、何も深く考える事なく1番聞きたかった事をそのまま訊ねた。
「九条さん…何で、何で…」
祐羽は胸の痛みをそのままに、もう一度涙を拭い鼻をスンッと啜ると、覚悟をもって九条を見つめ直した。
祐羽の涙に濡れた目を見つめ返す九条は真摯だ。
その黒い瞳をじっと見つめるのは、とてもしんどかった。
何も知らなかった自分の体を無理矢理開かせたその理由。
「九条さん…僕。ずっと、ずっと悩んでた、訊きたかった事があるんです。あの日からずっと…!」
意を決してそう言った祐羽は、口調とは裏腹に落ち着かなくて手をもぞもぞとさせてしまう。
両足は少し震えているし、おかしな汗も出てきた。
落ち着かない両手はまるで願う様に胸の下辺りに組んで、続きを口にした。
祐羽にとって生きてきた中で1番衝撃的で1番苦しくて悲しくて、でもそれだけじゃなかった初めて夜を過ごした日の事だ。
「あの日、僕に…っ」
思い出して一気に顔が朱に染まっていき、初めて体験した痛くも苦しく恥ずかしい記憶が呼び覚まされていく。
それだけじゃない、九条の顔や言葉、熱も甦ってきた。
それを振り払う様に、祐羽は少し攻める口調で問いかけた。
「なんで僕に…あの夜、あんな事をしたんですか…?!」
とうとう言ってしまった。
言い切ると同時に息を大きく吐き出した。
それから呼吸を整えると祐羽は視線を足元に落とした。
答えが怖くて、自分の靴を見つめるしか出来なかった。
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