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「ここまで来たら…」 走って上がった息をなんとか整えながら木の影からソッと行く曲がり道の先を覗いた祐羽は、視界に自分以外の存在が確認出来ない事に胸を撫で下ろした。 はぁっ…、良かった。誰も居ない。 このまま慎重に木の陰を利用して隠れながら、そして走れる所は道路を一気に走ってこの道を行けば、きっと賑わった大きな通りに出られるはずだ。 そうして通り掛かった車にでも助けを求めれば…。 そんな希望を抱いた安堵からか、ふと九条の顔と優しい声が頭に浮かんだ。 『祐羽』と優しい声で呼んで、今すぐ頭を撫でて欲しい。 できることなら、あの大きな胸元に飛び込んでぎゅっと包み込んで貰いたい。 「泣くな!大丈夫だ!絶対に帰るんだ!!」 祐羽は再び溢れそうになった涙を堪える為に力を込めて目を閉じた。 ヤクザの九条に出会わなければ、こんな目に遇うこともなかっただろう。 もしも、過去に戻れたとしたら? 九条と絶対に会わない、関係を持たない、そして恋人になんてなっていなかっただろうか? けれど、今の自分にはそんな事は微塵も考えられない。 九条と出会わなければなんて「もしも」の話さえしたくない。 九条さん…!絶対に会いたい!!早く会いたいよ!!! 九条の顔を思い出す。 それを力にした祐羽は、閉じていた目を開くと再び歩き出そうとした。 「!!?」 だが次の瞬間、金縛りにでも合ったかの様にピタリと止まった。 視界の端に認めたくないものが見えたのだ。 1度視線を外し、それから祐羽は恐る恐るそちらへと顔を向けた。 「…っ!!」 確認したはずの曲がり道。 しかし、右側にも分かれ道として道路があったのだ。 立ち並んだ木の陰になっていて全く気がつかなかった。 そこに立つ相手の顔を見て、絶望に祐羽の顔が蒼白になっていく。 「おいっ、くそガキ。逃げられると思ったのか?」 8月の暑い日差しと影のコントラストをいつも以上に眩しく、そして煩い程に泣く蝉の声をやけに遠く感じた。

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