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九条のこんな表情は珍しい。
珍しいどころか初めてに近いかもしれない。
もしかして自分の反応が心配なのかもしれないと考えると、ちょっと可愛く思えたりするのは駄目だろうか?
そんな九条の誘いを断るなんて、とんでもない。
「行きたいです…!!」
まさかの旅行。
ワクワクする心のままに、祐羽は元気にそう答えた。
・・・・・
とはいうものの部活は休めても親の許可無くして旅行なんて行けやしない。
「は?旅行?!」
お泊まりが終わり家に帰った祐羽がさっそく両親に話をすると、母の香織はともかく案の定、父・亮介が眉間に皺を寄せた。
「1週間も広島って、…相手の好意とはいえ迷惑に決まってるだろう?!」
相手とはこの場合、偽物の先輩である中瀬と家庭教師役の九条である。
「第一にお金はどうするんだ?全て甘えるワケにはいかんだろう?」
「僕、貯金箱に少しずつ貯めてるよ!」
祐羽は前回の過ち(高級料亭での一件)以来、それを繰り返さない様おこづかいをちゃんと貯める様にしてきた。
ちょっとならある。
ちょっとだけだが…。
「ちゃーんと祐羽用に貯金してあるわよ~」
何とか行かせまいとする亮介に香織が呑気に言葉を挟む。
「お母さん…!」
味方の出現に祐羽が歓喜すると、香織がうんうん任せなさい!とばかりに胸を張ってみせた。
「あなた、いいじゃない。高校生活なんてあっという間よ~?思い出作らせてあげても」
「思い出?!こんなに可愛い祐羽を遠い所へ1週間も…!心配じゃないのかお前は!!」
亮介がムッと妻を見る。
「可愛い子には旅をさせろ、って言うじゃない~♪今回はそれなのよ。いつまでも私たちと一緒に旅行ばかりじゃ、祐羽も可哀想よ」
「そうなのか?祐羽…。もうお父さん達と旅行は嫌なのか?」
心底悲しみの顔で見つめられて、祐羽は困惑した。
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