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鳴き声の聞こえなくなった廊下の先へと意識を伸ばしていく。 今祐羽はどうしているのだろうか。 泣き疲れて寝ているのか、それともまだ泣いていたりするのか。 笑顔が可愛くて、ささくれだった自分の心を癒してくれるあの顔が涙に濡れているかと思うと今すぐ足が向かいそうになる。 しかし、ここで決意を翻してしまえば今度こそ祐羽に後悔する人生を送らせてしまう。 自分が縁を切るだけで、可愛い恋人が幸せに暮らせるのだから。 元の生活に戻った祐羽に二度と触れない様に、決心が鈍らぬ様に自分は身を固めて仕事に明け暮れる毎日を過ごし、いずれ生を終わらせる。 その時、側には誰も居なくていい。 だが、もしも叶うなら側には…。 「別れる前からこれでどうする」 九条は手で顔を覆い俯いた。 側にいて欲しいと思うのは、優しい笑顔の、今は泣いているだろう愛しい愛しい恋人だけだ。 崖の上にギリギリ立っているかの様な弱い自分の決意に苦笑する。 別れる、帰してやる、と決めたはずなのに今、想像する未来には祐羽が次々と出てくる。 大人になった祐羽はどんな容姿になるのだろうか。 今と変わらないのか、それとも男っぽくなるのか。 背は高くなるのだろうか、声は?仕事は?と、気になることばかりだ。 その時、自分の知らない女や男が並んで楽しそうにふたりで歩くかと思うと、自然と九条は表情を固くしていく。 女と結婚式を挙げ、誓いのキスをして、そのうち子どもを抱くのだろうか。 それとも男の恋人ができて、甘えて、抱かれる為に体を開くのだろうか。 そんな未定の未来を想像するだけで許せなくなり、見知らぬ想像の男女に憎悪する。

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