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第2話 噂話

夏休みも後半に差し掛かった夜、一人で塾から帰っているとき海人がビルから出ていく姿が見えた。あたりは酔っ払いやキャッチのいるそのビルの窓には“Bar”の文字があった。海人が怪しいことをしているのではないかと不安もあったが、バーでカクテルを作っているところを妄想してしまいそんなことは頭から消え去られた。声をかけようかと迷ったが海人も頑張っているんだと思い声をかけずに終わった。海人もバイトをしていると思うし僕も志望校合格を目指そうとより一層励み、ついにA判定を取ることができた。海人に自慢したい気持ちもあったがそれは合格の時だと思った。 夏休みも終わりクラス全体が受験の雰囲気へと変わっていった。夏の暑さも和らぎ秋の風が感じられる季節。高校最後の文化祭が終わり、少し気の緩んだ朝だった。僕はいつものように机で勉強をしていると周りの席が騒がしくなった。勉強しているんだから静かにして欲しいと思ったが黙々と手を動かした。 「なあ聞いたか?海人のこと」 うるさいと思っていたが海人の話をしているらしく勉強をしながら耳を傾けた。 「いや、なんのことだよ」 「ここだけなんだがあいつ女とヤッて妊娠させたらしいぞ」 ガタッ、驚きのあまり椅子を動かしてしまった。 「それで、あいつ堕ろさせるためにいろんなバイトしてたらしいぞ」 「まあ、あいつとっかえひっかえ女と寝てるらしいしそんなことありえるだろうな」 「あんなやつのどこがいいんだか」 「そりゃあ顔だろ、あとはアレの大きさだろ」 「あれだろ、修学旅行のとき温泉の椅子に座ると床につきそうだったやつだろ」 「そうそう、おい来たぞ」 ここで海人が来たためその話は終わったようだった。けれども僕の頭の中は整理ができていなかった。海人が女の子を妊娠させた?そのために夏休みBarでバイトをしてたのか?その前に泣かせていた女の子って? そしてその噂が流れ始めて海人は学校を休みがちになってしまった。そのことも相まって学年の中で本当にあったことなんだと信憑性が増した。 僕は海人の身に起きていることが何なのか頭から離れず勉強に手がつかなくなり11月の模試では過去最低点を取ってしまった。僕は返却された結果をくしゃくしゃに丸めゴミ箱に入れたい気持ちになっていた。こんな不甲斐ない自分が嫌になった。 成績低下を心配され先生に呼び出された。 「なあ、結城。お前が頑張っているのは知っているが最近点数が下がっているぞ。どうした?」 騒がしい職員室の一角で先生は切り出した。 「いや、ちょっと」 後ろめたい気持ちを隠しながら言った。 「なんだ、海人がお前の邪魔しているのか?」 その後ろめたさを感じ取ったのか、先生は少しイラつきながら尋ねた。 「いえ、そういうわけでは。最近ちょっと寝不足で」 先生に海人の悪口に近いことを言われ腹を立ててしまい、ぶっきらぼうな声で返した。 「お前にもそういう時期があるだろうし、困ったらすぐに言えよ」 それ以上は何も話さないと思ったのか定型文のような声掛けで話は終わった。 僕は先生に海人のことを聞こうかと迷ったがそれは反則のような気がしてやめた。 先生との簡単な面談が終わった数日後、学校の帰り道聞き馴染のある声が後ろから飛んできた。 「ちょっと結城」 「なんだよ」 僕が振り返るとそこには大好きな人の顔があった。海人のことや成績のことで最近寝れていなかった僕は夢じゃないかと思ってしまった。 「何ボーっとしてんだよ」 海人のこの声で現実だと理解した。 「結城の成績が下がってるって知ってよ。俺が邪魔してないかなーなんて」 「どうして海人が知ってるんだよ」 話してないことを知っていて僕は驚いた。 「いや、センコウから聞いてよ」 なるほど、僕が脅されて何も言えない状況だと先生は勘違いしたのだろう。 「海人が気にすることじゃないから大丈夫。ちょっと調子が悪いだけ」 海人に対して嘘をついてしまった。 「ならいいんだけどよ。頑張れよ。またな」 「またね…あっ」 聞きたい気持ちで声が出ていた。 「なんだよ」 「何でもない。海人も頑張ってね」 海人にあのことについて聞こうと思ったが踏み込んではいけないと思い口を噤んでしまう。ほんとは、頑張れと言われたとき、頭を撫でて欲しかった。もっと心配して欲しかった。でも、迷惑になるしと、自分の気持ちを偽った。 今、僕の成績が悪いのは海人に起きていることが気になって手がつかないだけじゃなく、他にも関係がある。海人のアレが大きいと聞き、そんなことに一生なるはずはないと思っているが勉強の合間に自分の穴に指を入れ、毎晩広げて一人で触っている。そして今では3本まで入れられようになってしまった。そんな調子で勉強に集中できず成績は落下。先生に心配させるのはまだいいが、海人にまでだと自分の今までの行動が許せなくなかった。 冬休みの季節になると毎年、単位の危ない人が集められ補習授業が行われる。海人は毎年これに出て何とか次の学年に上がれていた。今年もそうだろうと思い塾が休みの日、親には図書館で勉強すると言って学校の方へ向かった。歩いていく道には水たまりが凍り薄い氷の膜が出来ていた。小学生の頃、海人と全ての氷を踏んで学校に行こうとして遅刻しかけたことを思い出した。一つ懐かしい気持ちで踏んでみた。久しぶりの感覚で面白かったが隣に海人がいないことが心のどこかに引っ掛かった。寒い風が吹きつけてくる道を歩き、いつもより長い時間がかかって学校に到着した。 下駄箱を覗き、海人の靴があるか見てみた。そこには何もなかった。海人は卒業を諦めたのだろうか。それとも、補修は休みなのだろうか。新しい疑問が生まれてしまった。 もう海人に迷惑はかけれないと一心不乱に勉強を取り組み、冬休みが明けたときに元の成績以上の点数が出るようになった。 成績が回復して 先生にもスランプに近いものだと思ってもらうことができて良かった。 とうとう共通テストの日だ。マフラーに顔をうずめ受験会場に向かうと、自分の学校の制服の集まるとこへ行き友人たちと問題を出し合った。少しすると先生たちが来て、激励の言葉と休憩中に食べるようにとチョコをもらった。 その会場には海人の姿もあった。どうしているのか不思議だったが学校の方針で全員受験であることを思い出し違和感なくそのことを受け入れた。テストの休憩中、海人の姿を見ることで先生にもらったチョコよりも疲れを飛ばすことができた。二日間の長い戦いを終え、運命の自己採点の時となった。 学校で一つ一つ丸を付けていく。軽快な調子で丸が付いていった。海人のおかげだろうか。僕は今まで最も高い点数を取ることができた。

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