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act.7 Angelic Kiss 〜 the 3rd day 11

久しぶりにうちの両親と顔を合わせたにもかかわらず、彼女はこの家によく馴染んでいるように見えた。まるで本当の家族になれたような気がして、それが無性に嬉しかった。 『朋未ちゃんは、おねえさん達とはよく会ってるの?』 母が兄夫婦のことに触れると、彼女は困ったような笑みを浮かべて答えた。 『私も家を出てしまったし、滅多に顔を合わせることがなくなって。時々姉とは連絡を取ってたんですけど、最近はそれも……』 やっぱり同じなんだなと思った。俺自身も兄と連絡を取ることはなかったし、今どんな生活を送っているのかも知らなかったからだ。 兄達は一人目の子が生まれて落ち着いた頃にマンションから一戸建てへと引っ越しを済ませていたはずだった。何でも兄嫁の親戚のつてでそこに住むことになったということだったけど、俺にはあまり興味がないことだったから、詳しい経緯は知らないままだ。 今、兄夫婦は二人の子宝に恵まれて、幸せな生活を送っている。母から聞くその話だけで、俺はもう十分だった。 小さな頃はあんなにベッタリくっついていたのに、大好きな兄のいない世界にいつのまにか俺はすっかり馴染んでしまっていた。 ひとしきり話をしたところで、朋ちゃんはおもむろに口を開いた。 『拓磨くんの子どもの頃の写真って、あるのかな』 唐突にそんなことを切り出されて面食らう俺に、彼女は言葉を付け足した。 『懐かしい話をしてたら、何だか拓磨くんの小さな頃がどんな感じだったのかを見てみたくなって。きっとかわいいだろうし』 上目遣いでそっと様子を窺いながら、遠慮がちにそう言う。子どもの頃の写真なんて全然大したものじゃなくて、むしろ見せることに照れ臭さもあったけど、単純な俺は彼女に興味を持ってもらえていることを喜んだ。 『探せばどこかにあると思うけど』 『昔のアルバムなら、拓磨の部屋に置いてるわ』 『そうだっけ?』 母の言葉にしばらく考え込んで、やがて俺は思い出す。本棚の一番下に入れっぱなしにしていた、分厚いアルバムのことを。 いつのまにか存在さえ忘れてしまっていたのは、もう何年も開くこともないままそこに置いてあったからだ。 『じゃあ、一緒に見に行く?』 『うん』 彼女は嬉しそうな顔で頷く。そのかわいらしさときたら、もう極上だった。 少しだけど、二人きりになれる。そう考えただけで俺の心臓は破裂しそうなぐらい高鳴っていた。 先に階段を上がって部屋の扉を開けると、後ろから彼女が入ってきた。念のために前以て部屋を掃除していたものの、都合の悪いものを置き忘れていないか慌てて見渡す。この状況に俺はこれ以上ないぐらいそわそわしてしまっていて、全く落ち着かなかった。 『きれいにしてるんだね』 『うん、まあね』 さりげなく返してから、俺は気づかれないように安堵の溜息をつく。昔からきちんと整理する方だったけど、この日はこんなこともあろうかと特に念を入れて片付けたつもりだったから、難なく彼女を迎え入れることができて胸を撫で下ろしていた。 カーペットの上に座布団を敷いて座ってもらい、俺は本棚で目当てのものを探す。その最下段に、ビニールを被った白い表紙のアルバムが立て掛けられていた。 片手で取り出せば見た目以上に重みがあって、慌てて両手を添える。それは、俺が生まれた時からずっと誰かに撮ってもらった写真を母が順番に整理してくれたものだった。 表紙をめくれば、一ページ目には生まれて間もない頃の俺の写真が並んでいた。 『わあ、かわいい。見てもいい?』 彼女は小さく感嘆の声をあげながら、アルバムのページを一枚一枚めくっていく。 何だか奇妙な感じだった。この作業がまるで、俺の十五年の人生を彼女と一緒に振り返る儀式のように思えた。 そして彼女は、ある古ぼけた写真に目を留める。そこには薄いピンク色のパジャマに身を包み、小さな赤ん坊を胸に抱く女の人が写っていた。 『その人は、俺を産んでくれたお母さん。一歳の時に死んじゃったんだけどね』 恐らくその辺りの事情は翠ちゃんから聞いていたんだろう。彼女は特段驚くこともなく、柔らかな微笑みを俺へと向ける。 『きれいな人ね。拓磨くんって、お母さん似なのかな。目の辺りがそっくり』 写真と俺とを交互に見比べながら、彼女はそっと薄いセロファンに指を這わせて大事そうに縁をなぞった。 生みの母親に似ているという思いがけない言葉が照れ臭くて、けれど嬉しさも相まってつい顔を綻ばせてしまう。 彼女はやっぱり俺の理想どおりの人だった。きれいで優しくて思いやりのある、素敵な女の人だ。 ページを捲るとしばらくの間、親父や祖父母と俺が一緒に並ぶ写真が続いた。やがて、そこに母と兄が加わる。 俺が小学校に入学したばかりの頃に撮った写真には、家族の誰かとフレームに収まっているものが多かった。その中の一枚に、俺が兄と二人で撮った写真が混じっていた。 『誠さんと拓磨くんって、本当に仲が良かったんだね』 そう言って彼女はその写真のところで手を止めて覗き込み、まじまじと見つめている。 『私より年下の誠さんを見るのって、何だか不思議な感じ』 その写真は、俺が兄に近場の遊園地へ連れて行ってもらったときのものだった。確か二人で行った記憶があるから、その場に居合わせた誰かに頼んで撮ってもらったんだろう。

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