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act.7 Angelic Kiss 〜 the 3rd day 12

満面の笑顔を浮かべた俺の肩を抱くのは、陽だまりのように穏やかな表情をした義理の兄だ。同じ目線で写る二人の後ろに見えるのは、ヒーローショーが始まる前のステージだった。 そこには俺が当時大好きだった特撮物のセットが並んでいる。大きくなってから改めて見れば、古めかしくて作りも稚拙だったんだなと思う。だけど、幼い頃の俺にはそれが本当にかっこよく見えたんだ。 『昔、この特撮シリーズが大好きでさ。小さい頃は、頑張ればいつか絶対ヒーローになれると思ってた。俺、正義の味方になりたかったんだよね』 『正義の味方?』 『そう』 照れ臭い言葉を口にしてしまったけれど、彼女なら笑わずに受け止めてくれると思った。実際、彼女は写真をじっと見つめながら真剣に俺の話を聞いてくれていた。 もう戻ることのない懐かしい想い出は、心の中で宝石のようにキラキラと眩しく輝く。 『そうしたら、兄ちゃんが警察官になればいいんじゃないかって。だから俺、今でも将来は警察官になりたいなってちょっと思ってるんだ』 『素敵ね』 そう言って、彼女は顔を上げる。優しい微笑みが目の前でふわりと花開いた。 『いいと思う。拓磨くん、刑事さんとか似合いそう。かっこいいだろうな』 そうだ。まさにその一言が、俺の人生を決めたんだ。 今も昔も俺は単純で馬鹿だった。だから、その言葉で即座に刑事になろうと決意したし、それ以降一度たりとも将来の夢が揺らぐことはなかった。そして、本当に実現させることができたんだ。 厳しい訓練期間も、事件で何ヶ月も休みなく働いた日々も、彼女のこの言葉を思い出しては自分を奮い立たせて乗り切ってきた。 そして俺が少年の健全育成を目的とする少年警察の道を選んだのも、子どもが好きだと口にしていた彼女の影響を受けたからに違いなかった。 出会ってからずっと、俺の中で彼女との想い出は色褪せることのないままだ。その存在は大きくて、いつの間にか生きる指針にさえなっていた。 『拓磨くんと私、ちょっと似てるね。私も子どもの頃の夢をそのまま追いかけてるよ』 そう言って、朋ちゃんは目を細めながら懐かしそうな表情を見せる。 『幼稚園に通ってた時、担任の先生のことが本当に大好きだったな。優しくて明るくて、今でも思い出すと笑顔になっちゃうぐらい素敵な人。だから、その頃から大きくなったら幼稚園の先生になりたいと思ってた。高校生になって将来何になるかを考えたとき、やっぱり昔からの夢を叶えたいと思ったから今の大学で幼児教育を勉強してるの』 澄んだ瞳でそう口にする朋ちゃんは本当にきれいだった。太陽の下でたくさんの子ども達に囲まれて幸せそうに笑う彼女の姿が、俺には容易に想像できた。 『朋ちゃんはきっといい先生になるよ』 『そうかな。ありがとう』 思ったことをそのまま口にすれば、彼女は照れたようにそっとはにかんだ。 その時──ふと、甘やかな匂いが鼻を掠める。 昔から少しも変わることのない、熟した果実にも似た官能的な花の匂い。 彼女の身体から放たれているそれは、まるで俺を誘うように徒らに鼻腔をくすぐる。 真っ直ぐに注ぎ込まれる眼差しに捕らわれて、目が逸らせない。 一転して張り詰める空気の中、俺は息を呑んで美しい人をじっと見つめ返していた。 何かに気づいたように、彼女の表情が少しずつ消えていく。 俺を見つめるきれいな瞳が、惑うように小さく揺らめいた。わずかに煌めくその光を、俺は見逃さなかった。 そうだ。俺は、いつまでも小さな子どもじゃない。あの頃とは違う。身体も大きくなったし、力も強くなった。精神的にもちゃんと成長してる。男として彼女と向き合うことができるんだ。 そんなことを自覚した途端、俺は彼女の腕を掴んで引き寄せていた。ビクリと身を強張らせながら、それでも彼女は抵抗しない。次の瞬間、小柄な身体はこの胸の中に収まっていた。 『──好きだ』 ドクドクと逸る心臓の音が、胸を突き破りそうだった。 俺はその時初めて知った。今までいろんな子に軽々しく口にしていたこの言葉を伝えることが、本当はこんなにも勇気のいることだったということに。 『朋ちゃんのことが、好きなんだ』 両腕でしっかりと抱きしめながら、たどたどしくそう告げる。互いの胸の辺りがしっかりと密着して、爆音で鳴り響くこの鼓動はきっと彼女に伝わっているに違いなかった。 甘い香りはゆったりと俺を包み込み、身体の内側へと浸透していく。心地よさに軽い目眩がして、抑えきれなくなった理性がぐるりと掻き乱される感覚がした。 芳香に酔いしれながら、俺は腕の力をそっと緩める。どうにかして守ろうとしていたものが、足元から決壊していく音が聞こえた。身体を離して、勢いのまま艶やかな唇を奪う。触れ合った途端、上滑りな情熱に身体が戦慄いた。 独り善がりの、無機質なキス。 そのしっとりと柔らかな感触は心地よくて、それでもわきまえていたはずのラインを超えてしまったことに今更ながら怖くなってくる。信じられないぐらい小刻みに震えているのが自分でもわかった。 彼女は俺を拒まなかった。けれど、息をつきながら恐る恐る唇を離して硬く閉じていた目を開ければ、戸惑いを隠せない顔が視界に映り込んだ。 『拓磨くん……』 伏し目がちにそう呟く大好きな人の表情を見て、俺は全てを悟った。 返事を聞くまでもなかった。あからさまに拒絶はしていなくても、この人の気持ちは全く俺には向いていない。俺を傷つけないように自分の気持ちをどう伝えるべきかを、ただひたすら思案しているに違いなかった。

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