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act.7 Angelic Kiss 〜 the 3rd day 24 ※

寄せる波に逆らうことなく身を委ねるように、ミチルはハルカを受け容れていった。激しく揺さぶられながら、おぼつかない状態でハルカはひたむきにミチルの咥内へと舌を挿し込んで絡ませる。 唾液が溢れてミチルの顎を滴り落ちていく。それにもかまわず、ハルカとミチルはただ一心に吐息を絡ませながら慈しみ合う。 二人は共鳴しながら、傷ついた互いを癒そうとしているのかもしれない。その光景に俺はどうしようもなく欲情して、同時に胸を強く締めつけられる。 ミチル、お前は絶対に幸せにならなくちゃ駄目だ。そのためなら俺にできることは何だってしてやるよ。 勇気を出して必死に差し伸べてきたその手を、俺はもう掴んでしまったんだ。だったら最後まで引き上げてやるのが俺の責任だ。 俺は片腕でハルカを支えながら、もう片方の手をミチルの背中に回して抱き寄せる。布越しに感じる熱になぜか身体がぶるりと震えた。 秘密めいたこの状況はひどく淫猥で、なのに踏み込むのが憚られるほど神聖な行為にも感じられる。 相反するその感覚は壮絶な快楽をもたらして、俺はかつてないほどの昂揚感を覚えながら一気に高みへと昇りつめていった。 これはきっと、ミチルの生きてきた小さな世界を広げてやるための行為なんだ。 誰かを愛すること、愛されること。実の父親に烙印を押しつけられたからといって、それがこの子に赦されないはずがない。 くちゅりと濡れた音を立てながらハルカがミチルの舌を強く吸い上げたその拍子に、くぐもった喘ぎ声が耳元で響いた。 「んっ、ふ……ああっ!」 熱い飛沫の掛かる感覚が、脇腹の辺りをいたずらにくすぐる。それが合図だったかのように、俺を包み込むハルカの中が強く収縮を始めた。 「あ、タクマさ……ッ」 押し殺した声で俺の名を呼び、ハルカはぎゅうと強くしがみついてくる。指先が肩に喰い込む痛みさえ愛おしい。 仰け反る白い喉元が視界にちらつく。そこに消えない所有印を刻みつけたい衝動を抑えつけて、痕が付かない程度に軽く吸いついた。 「──っあ、あぁ……」 ハルカは腕の中で何度も身体を震わせながら果てていく。満開に咲き誇った花が役目を果たしてこぼれ落ちるように。 こうして過ごせる時間はどう足掻いても永遠には続かない。あとほんのわずかだからこそ、この瞬間が儚くも美しく感じられるんだろう。 限界を迎えた先端から飛び散った白濁の熱さを肌で感じながら、熱く濡れたそこに締めつけられて、俺は絞り取られるままにハルカの中へと欲を解放する。ドクドクと注ぎ込むように最奥で熱を放てば、心地よい目眩がした。 このまま世界が反転してしまえば、俺は理想どおりに生きていけるのかもしれない。 けれど自分が何を望んでいるのか、まだ俺自身がわかっていなかった。 「は、ぁ……」 誰のものかもわからない声と吐息が絡まり合い、室内に響き渡る。荒く息をつきながら俺は両腕に抱いた二人の背中を宥めるように何度も撫で上げた。 蕩けそうなほど熱く昂ぶっていた心と身体が少しずつ落ち着いて、それと引き換えに重苦しい気怠さが襲ってくる。 こんなにドロドロになるぐらいセックスしたのって、もしかすると初めてかもしれないな。 このまま余韻に浸りたい気持ちも、倒れ込んで泥のように眠りたい気持ちも山々だったけれど、ベタベタになったこの状態でベッドに身を預けるのもどうかと思う。 俺は息をつきながらハルカの中からまだ物足りなそうに疼く半身を引き抜いた。 「……ん、ふ……っ」 吐息混じりの喘ぎ声に耳を刺激される。ドロリと吐き出される液体を手荒く引き抜いたティッシュで受け止めれば、ミチルがそこをまじまじと見ていることに気づいて急に気恥ずかしくなってくる。 「おい、あんまり見るなって」 「あ、ごめんなさ……」 途端に顔を赤らめて目を逸らしながら、ミチルはおずおずと口を開いた。 「なんか、思ってたより大丈夫だったっていうか、えっと」 言葉に詰まるミチルの頭を撫でながら、ハルカは悪戯っ子のような微笑みを浮かべて目を細める。 「気持ちよかったね」 甘い匂いを漂わせながら、ハルカは魅惑の声でそう口にした。その優しく浄らかな双眸に目を奪われる。俺が胸の中に抱く後ろめたさを一掃するような、澄み切った美しい眼差しだった。 ベッドの上でどれだけ乱れようと、ハルカはけっして穢れることがない。 ──ああ、そんなところも彼女によく似てるな。 そう思った途端、また胸がチクリと痛んだ。 ミチルは恥ずかしそうにしながらも、ハルカの言葉にこくりと頷く。幾度か瞬きをしてから思い切ったように顔を上げて、ハルカと俺を交互に見つめながら照れくさそうに口を開いた。 「ありがとう……」 素直な礼の言葉に片手を伸ばして頭を撫でれば、ミチルはくすぐったそうに目を閉じた。リラックスした、年相応に無邪気な表情だった。 この夜を超えることで、この子の中に刻まれた忌まわしいものが昇華することを心から願う。 「シャワーに直行だな。立てるか」 そう提案すれば、ハルカとミチルは顔を見合わせてくすくすと笑い合う。それがもう本当に仲のいい兄弟のようで、俺は何となく疎外感を覚えつつも立ち上がって両腕を広げた。 華奢な二人の身体を抱き起こしながら、この奇妙な関係がもうすぐ終わってしまうことが無性に淋しくて仕方なかった。

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