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act.7 Angelic Kiss 〜 the 4th day 13 ※

うっとりとした顔でそう口にするハルカの唇に軽くキスをして、俺はその潤んだ瞳を覗き込む。 「じゃあ、ハルカの中に挿れていい?」 浅く短い呼吸をしながら、ハルカはこくりと頷いた。二人の隙間を埋めるように、またどちらからともなく口づける。 身体を起こして細い脚を割り開く。ぬるりと濡れた襞を指で何度もなぞれば、ハルカは気持ちよさそうに声を漏らした。 受け入れる準備が十分に整ったその部分に昂ぶる先端をあてがい、少しずつ押し開くように挿れていく。後孔は生き物のように蠢きながら徒らに俺を締めつけて根本まで呑み込もうとしていた。 「あ、あ……」 最奥に到達したところで俺は身体を倒して覆い被さり、またハルカにキスをする。寸分の隙間も許さずに密着する肌は熱く、包み込まれた俺の半身はハルカの中で強く脈動していた。 深く繋がる身体を押しつけるように抱き合って、ひとつになる。 「……あ、気持ちいい……」 熱い粘膜が奥へ奥へと誘うように蠕動する。貪欲に求めてくるハルカを焦らしたくて首筋に口づければ、甘い吐息が髪に掛かった。 「は、ぁ……っ、タクマさん……」 小さく腰を揺らしてねだるように俺の名を呼ぶのがかわいくて堪らない。 込み上げる愛おしさに顔を上げて、濡れた桜色の唇にキスをした。 これ以上無理なぐらいに肌をピタリと重ねて抱きしめれば、胸の中にふわりと優しい感情が湧き起こってくる。 互いの体温で報われない想いを融かし合いながら、呼吸の音に耳を澄ませる。凪いだ海が緩やかに満ちていくように心の中に充足感が広がって、穏やかな気持ちになっていく。 それは、三十四年間生きてきて初めて経験するものだった。 ずっとこうしていたいけれど、それが無理なことはわかっている。だから、せめて。 「ハルカ。俺の形、憶えててね」 俺の勝身手な頼みにハルカは閉じていた目をうっすらと開けた。みるみる瞳を潤ませて、胸の中でゆっくりと頷く。 閉じた瞼から、煌めく涙がこぼれ落ちた。 「うん……憶えてるよ」 掠れた声が切なげに空気を震わせる。その涙が意味するものを、俺には窺い知ることができない。 キラキラと繊細な光を放ちながらこぼれる雫を唇で受け止めて舌で掬う。どんな宝石も敵わないぐらいきれいな涙だ。 そうしてゆっくりと律動を始めれば、ハルカは喘ぎ声を漏らして俺にしがみつきながら息を吐き、快楽に素直に身を委ねる。 二人の繋ぎ目が擦れる度に、新たな熱が生まれては重なる。それは決して激しいものではなかったけれど、優しく労わりながら高め合っていくうちに、灼き切れそうな意識が白い光に覆われていく。高尚なカタルシスを感じさせるセックスだ。 辺りを濃く漂う甘やかな匂いに包まれながら、俺は目を閉じて大好きだった初恋の相手を思い出す。 兄嫁の妹として俺の前に現れた、天使のように美しい人。 ああ、彼女にもこうすることができればよかった。 身体を重ねたのがただ一度きりだったからこそ、大切に抱かなければならなかったんだ。 緩やかな抽送を繰り返しながら、濡れた桜色の唇を何度も啄む。口の中で熱を交じらせてきつく抱き合い、快楽を求めて揺さぶっていくうちに、俺の腕の中で華奢な身体は少しずつハルカとしての形を失っていく。 欲に蕩け切ったハルカは、無防備に全てを曝し出していた。しなやかに腰を揺らし、俺を包み込みながら進んで快楽を享受する。 「……あぁ、あ……ッ」 目を閉じれば、郷愁を誘う甘美な香りが一段と強くなっているのがわかった。 匂いには、記憶を呼び覚ます効果があるという。 全身に痺れるような快感を覚えながら、熱で溶かした意識をもう二度と戻れないと思っていた過去へと飛ばしてみる。 未熟な初恋だった。どんな形でも繋がっていたかったのに、親族という関係さえ失ってしまった。 彼女と同じ顔をしたハルカと出会えたことは俺にとって奇跡だった。これは神様が与えてくれた機会だ。実らなかった彼女への想いをきちんと弔いたいと思った。 「好きだ」 想いが報われなくてもよかった。それでも、最後にちゃんと伝えたかったんだ。 「ずっと、大好きだった」 愛にも満たない、昇華できなかった恋。ようやく俺はきちんとこの想いと向き合って、折り合いをつけられる。 背中に両腕が回り、縋るように抱きつかれる。 もう離れないように。強く抱きしめて、柔らかな髪に顔を埋めながら律動を送り込んでいけば、耳元で上擦る喘ぎ声に混じり、微かに何かが聞こえた。 「………」 何度も、何度も。うわ言のように繰り返されるその言葉が、誰かの名前だと気づくのに時間は掛からなかった。

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