決して離れまいとするかのように必死に縋りついて、ハルカは繰り返し誰かの名を口にする。 その声は俺以外のどこへも届かない。けれどあまりにも切実な声音は、俺が受け止めなければいけないと思った。 誰かがそうしなければ、この子の想いには行き場がなくなる。あてもなく闇を彷徨い、いずれは朽ちてしまう。なぜだかわからないが、無性にそんな気がした。 「大好きだよ」 快楽に流されそうな意識を必死に奮い立たせて、俺は愛おしい人が今一番必要とする言葉を口にする。 萎れた花に水をやるように、慈しみながら。 「愛してる」 陳腐に聞こえないことを祈りながら、どこへも行かないように強く抱きしめる。しっとりと濡れた華奢な身体が腕の中で小刻みに震えた。 「愛してる……」 顔を離して覗き込めば、そのまなじりから涙がとめどなく溢れては落ちていく。 悲しそうにも、幸せそうにも見える。そんな不思議な表情だった。けれどその姿は本当に儚くて、今にも消えてしまいそうだ。 俺は目尻にそっと唇を押しあてて、溢れる涙を舌で掬う。 「愛してるよ」 精一杯の想いをこめて吐き出した俺の言葉に頷きながら、ハルカは目を閉じて涙をこぼす。そして、何かを確かめるように右手で俺の背中を撫で下ろした。たどたどしいその動きに、存在を確かめているのだと気づく。 今、確かにここにいるという事実を。 二人だけのこの世界はいくらでも自由が利くし、咎める奴もいない。だから俺は、ハルカに合わせることを選ぶ。 「大丈夫、ここにいるから」 もうこれ以上は無理なぐらいに肌を寄せ合っているのに、互いの想う相手との距離は遠い。 それでも二人で夢を見ながら身体を重ね合えば、手の届かない人に会える気がした。 「あ……あっ、イきそう……」 上擦った声が耳元で響く。二人の間に挟まれた健気な半身は硬く張り詰めて、先程からとめどなく先走りの蜜を吐き出していた。 「いいよ、おいで」 内壁の締めつけは今までよりもずっと強かった。そこは吐精を促そうと俺の昂ぶりに絡みついて蠢く。 限界の近づく中で互いを高め合うように抽送を続けながら揺さぶっていけば、突如腹にぬるりとした感覚が広がった。それがハルカの放った熱だとわかった瞬間、激しい収縮が襲う。 「──あぁ、あっ、あ……ッ！」 必死にしがみつくハルカの最奥に引きずり込まれるまま我慢しきれずに精を吐き出した。 緩やかに腰を揺らして放ったものを奥へと送り込む。荒い呼吸を繰り返しながら、二人で絡みつくように抱き合った。 華奢な身体は濡れて熱を孕んでいる。合わさる肌から激しい鼓動が伝わるけれど、それがどちらのものなのか区別が付かなかった。 やがて聞こえてきたのはしゃくり上げるような息遣いだ。 小さく震える肩に手を置き、濡れた髪に触れる。 「ありがとう……」 啜り泣きながら感謝の言葉を口にするハルカが愛おしかった。俺は頬に掌をあてて涙を親指で拭い、そっと覗き込みながら柔らかな唇を食む。 「こちらこそ、ありがとう」 キスの合間にそう囁けば、ハルカはかぶりを振って小さく息を吐いた。 幾度も唇を重ねていくうちに、胸の内に抱いていた黒い澱が溶け出して浄化されていくようだった。 繋がる部分はドロドロに融けて、もはや二人の境目はなくなっている。 温もりを確かめ合いながら、互いの鼓動が落ち着くまで緩やかなキスを交わし続けた。 ──ハルカ。 大好きだった初恋の人は、あの日を最後に二度と俺の前には現われなかった。 だけどあのとき俺が失ったのは、羽山朋未だけじゃなかったんだよ。 彼女が姿を消してから間もなくして、欠けたピースは嵌まっていく。 ハルカと過ごしたこの四日間、俺が幼い頃からずっと憧れていた義理の兄──羽山誠との思い出をたくさん話してきた。だけどハルカはその兄が今どうしているかを俺に訊いてこなかったね。 実は、教えようにも知らないんだ。 兄が今どこにいて、何をしているのか。 兄は学生時代に交際していた人と結婚して妻の姓を名乗り、二人の子どもに恵まれた。誰もが羨むような家庭を作り上げて、幸せに暮らしていたはずだった。 けれど、子どもの頃の俺が兄夫婦にどことなく覚えていた違和感は、勘違いなんかじゃなかったんだよ。 兄は、妻の妹と赦されぬ恋をした。そうだ、俺の初恋相手とね。 俺の大切な人たちは、ある日二人して忽然と姿を消してしまったんだ。