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the last act. Plastic Kiss side A 〜 the 1st day 1
尋ねられるままに昼食が済んでいないことを告げると、ミツキが二人分のランチを注文してくれた。けれど僕たちはこれといった会話を交わすもことなく、テーブルを挟んで座っていた。
間もなくして運ばれてきた温かなスープからは、うっすらと湯気が立ち昇る。それをぼんやりと見つめていると、隣から気遣うような声が聞こえた。
「アスカ、なんだか元気がないね」
アユムくんがそう言いながら僕の顔を覗き込んでくる。つぶらな瞳がいたいけでとてもかわいらしい。
「ううん。そんなことないよ」
そんな返事とは裏腹に、逸る鼓動で全身が内側からドクドクと音を立てているように感じられる。息苦しくて何度か深く息を吐こうとするけれど、うまくできない。
ミツキと視線を合わせるのが怖くて、僕は意図的に前を見ないようにしていた。
重い沈黙を破るために、アユムくんに声を掛ける。早々に運ばれてきたパンケーキのプレートに手をつけるところだった。
「お昼はもう食べたの?」
「うん。給食」
「そうなんだ。学校、楽しい?」
「楽しいよ。友達もいっぱいいるし。勉強は好きじゃないけどね」
無邪気な笑顔が眩しい。その小さな唇がおもむろに尖っていく。
「光希も何か言えよ。あんなにアスカに会いたがってたじゃん」
その言葉に心臓が跳ね上がる。動揺をごまかすように俯けば、優しく諌める声が聞こえてきた。
「うるさいよ、チビ」
「チビって言うな!」
「チビ、チビ」
「なんだと、バーカ!」
子ども同士の喧嘩みたいなやり取りについ笑みをこぼせば、ミツキと視線が絡み合った。その瞬間、僕は居た堪れず不自然に目を逸らしてしまう。
「そんな顔、するなって。せっかく会えたんだから。お前は望んでなかったかもしれないけどね」
軽く聞こえるような口調で言っているけれど、それは本心なのだろう。言葉を返すこともできずにただ目線を手元に落とす。
それでも、確かめたいことをどうしても訊きたい衝動に駆られ、勇気を出してもう一度目を合わせてみる。
真っ直ぐに僕を見つめる瞳の奥には熱が仄かに燻る。それに気づいて悦んでいる自分自身を嫌悪してしまう。
「……ユウと契約したのは、ミツキ?」
僕の言葉を咀嚼するかのように考え込む素振りを見せて、ミツキは口を開いた。
「アスカだってわかるだろ。何度も契約できるんだったら、俺はお前に会うためにとっくの昔にそうしてたよ」
落ち着いた口調で告げられる言葉は否定を意味するものだった。
「PLASTIC HEAVEN」を訪れてユウと契約した人だけに、僕は四日間を捧げてきた。
そしてユウと契約できるのは、一人につき一度きり。それはこの仕事を始めた頃にユウと僕が決めたルールで、今まで破られたことはなかった。
僕は誰かの人生におけるただの通過点でありたかったし、そのポジションで人を救いたいと思っていた。だから、同じ人のところには二度と行かないという覚悟を決めて、限られた四日間に全身全霊を注いできたつもりだった。
今更ユウがそのルールを破るとは思えない。だとすれば、答えは自ずと弾き出される。
「──じゃあ、ユウなんだね」
沈黙は肯定の証なのだろう。
真一文字に結ばれた唇を見つめながら、僕は混乱した頭を少しずつ整理しようとする。
これは、ユウが自分自身と契約した四日間なんだ。
つまり、これから僕はユウの思惑どおりにミツキと過ごすということなのだろう。
先程のユウとの別れを思い出して、胸がキリキリと締めつけられる。
父との訣別を彷彿とさせた、その瞬間。
あの時に抱いた感覚は気のせいなどではなかったのだ。
「アスカがどう思ってるかはわからないけど」
形のいい唇が言葉を紡いでいく。それは、会えなかった間に僕が頭の中で幾度も反芻した声と寸分違わぬ心地よい響きだった。
「この四日間は、俺に付き合ってもらう。わかった?」
言葉の強さの割にその口振りはけっして押しつけがましいものではなかった。僕の気持ちを少しでも軽くしようとして、そう言ってくれてるのがわかる。
「……うん」
──大丈夫だよ。これが僕の仕事だから。
そう口にすれば、ミツキは傷つくだろうか。
「早く食べたら? 冷めちゃうよ」
アユムくんの声に、いつの間にか注文した料理が目の前に置かれていることに気づく。運ばれてきたことは何となく憶えていたけれど、興味のない内容の映像がディスプレイに流れているかのように、僕の意識はこの現実から乖離していた。
「ああ、うん。そうだね」
この子は幼いなりに、どこか不穏な空気を感じ取っているのかもしれない。こんなに小さいのに気遣わせてしまうなんて、いけないことだと思った。
「いただきます」
そう口にした途端こちらに向けられるアユムくんの無邪気な笑顔が眩しい。お皿に添えられたきれいなハシバミ色の箸を取って手を合わせれば、対面でミツキも同じ仕草をしているのがちらりと視界に入った。
目を合わせるのがひどく怖い。あんなに会いたいと願っていたのに、実際に顔を合わせてみればひどく現実味がない。
陽の射すこの世界が明けることのない夜の続きのような気がするのは、僕自身がまだ夢の途中にいるからだろう。
ワンプレートに美しく盛り付けられた料理は、きっとおいしいはずなのに味がよくわからない。味覚を感じることができないまま、僕は口の中に入れたものを咀嚼して飲み込む動作を繰り返す。
「アスカ、お願いがあるんだけど」
メロンソーダを飲み干してしまったアユムくんが、クリクリとした目を向けて口を開く。この子は本当にかわいらしいなと思う。子ども特有のひた向きな眼差しが、僕には眩しかった。
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