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the last act. Plastic Kiss side A 〜 the 1st day 2

「うん、何?」 「遊園地、アスカも一緒に行こうよ」 「──遊園地?」 そう聞き返すと、アユムくんは深く頷いた。キラキラした瞳が僕の顔を映し出す。 「今から?」 「そうだよ。あんまり時間はないけど、いいよね?」 この眼差しを拒める術を、僕は持ち合わせていない。 そっと頷けば、アユムくんは満面の笑みで応えてくれた。 「やったあ! アスカ、一緒にジェットコースター乗ろうね」 「すごいね。ジェットコースターに乗れるんだ。怖くない?」 「大丈夫! 乗り物、大好きだから」 「チビのくせに乗れるのかよ」 ミツキの横やりに、アユムくんは眉を顰めて小さく舌を出す。コロコロと変わる表情はとても豊かで、見ているだけで本当に飽きない。 「あーうるさい。光希は一人で乗れよなっ」 「お前な、ホントに連れて行かないぞ」 そう言うミツキの顔は楽しそうで、アユムくんのことをかわいがっていることがわかる。 これまで僕との四日間を契約してくれた人と遊園地に行く機会は何度かあった。けれど、小さな子を連れて行くのは初めてだ。 「じゃあ、これを食べたら行こうか」 僕の言葉に大きく頷くアユムくんから目線を離して前に向けると、ミツキの凛とした眼差しが真っ直ぐに僕へと注がれていた。瞳の奥でじりじりと焦れるように(くゆ)る熱。そこから逃げ出したいと思うのに、囚われることを望んでいる。そんな自分を浅ましく思った。 「──アスカは本当にきれいだな」 その唇から溜息のようにこぼれた感嘆の言葉が僕の心臓をずくんと疼かせる。返す言葉を見つけることができず、目のやり場に困ってまた俯いた。 僕はきれいなんかじゃないんだ、ミツキ。 罪悪感に苛まれた瞬間、アユムくんの照れたような笑い声が聞こえてきて思わず顔を上げる。 「おい、なんでお前が笑ってんの」 「だって、アスカは遊園地だって俺と一緒に回るんだからなっ。ね、アスカ」 タイミングよく助け舟を出してくれたことに安堵しながら頷けば、ミツキが「調子に乗んなよ」とふてくされた顔をする。そのやりとりで、ほんの少し心が軽くなった気がした。 僕はこの四日間をどうやって過ごすのだろう。 ミツキに会いたくて堪らなかったのに、こうして与えられた再会に戸惑うばかりで、どうすればいいのかもわからない。 窓の向こうには昼下がりの明るい街並みが広がっていた。僕にとって外の光は眩しくて、胸が痛むほどに白い。 嬉しいという感情は湧かなかった。 僕はただこの夢のような昼の世界にひとり、ぽつりと置き去りにされていた。 遅い昼食を終えて外に出ると、降り注ぐ明るい陽射しが目に沁みる。僕は昼の時間に向いていないのではないか。心底そう思うほど、光が身体に馴染まない。夜の帳に包まれて密やかに呼吸をする方が、ずっと楽な気がする。 最寄りの駅まで三人で歩き、ミツキが買った切符を手にして電車に乗り込む。平日の昼間帯だけれど、車内は座れるほど空いてはいなかった。 「アスカは、何の乗り物が好き?」 「どれでも乗れると思うし、何でも好きだよ」 「本当? 俺もね、何でも好き」 そう口にした後で、アユムくんはほんの少し眉を上げる。よく動く表情に釘付けになる。 「でも、あれはあんまり好きじゃないんだ。あの、馬のグルグル回るやつ」 「ああ、メリーゴーランドだね。どうして?」 「なんかつまんないっていうか」 子どもっぽい、と呟く幼い姿がかわいらしくて笑みがこぼれてしまう。 この子がいてくれてよかったと思う。この場にアユムくんがいなくてミツキと二人きりだったら、臆病な僕は逃げ出してしまっていたかもしれない。 けれど、これこそがミツキの意図だったのだろう。僕との間を持たせるために、わざわざこの子を連れて来たに違いない。そしてその思惑に違わず、僕にはまだミツキと向き合う覚悟はなかった。 電車が河川を越えて落ち着いた佇まいの住宅街を抜けていくうちに、胸の内がざわめき始める。見慣れた景色だというのは勿論あったけれど、それだけではない。 窓の外ばかりを眺めているうちに、外へと意識が吸い込まれていく感覚に陥る。 流れる風景はゆっくりと速度を落とし、やがて止まった。 「着いたよ! 降りよう」 幼い声に促されて手を引かれる。車両の扉が開いていることに気づいて、僕は浅い呼吸を繰り返しながら足を踏み出した。 マスコットキャラクターのあしらわれた駅構内を抜けて外へ出れば、幅員の広いレンガ敷きの道が真っ直ぐに伸びている。その先に見えるのは、緑の木々に囲まれたパステルカラーのゲートだ。 休日はいつも混み合っているこの遊園地も、今日は平日だからか随分空いている。 ここは、僕が子どもの頃に何度も来たことのある場所だった。長く続く赤茶けたレンガ敷きの道を、久しぶりに踏みしめながら進んでいく。 ああ、懐かしい風景だ。 「アスカ」 名を呼ばれて顔を上げると、前を歩くミツキが振り返ってこちらに手を差し伸ばしていた。 「どうした。大丈夫か」 いつの間にか足取りが重くなっていたことに気づいて、僕は小さく頷く。 「ほら、おいで」 躊躇いながらも僕は素直にその手を取ってしまう。肌が触れて指の絡み合う感覚に、大きな音を立てて心臓が跳ね上がった。 左手はアユムくん。右手はミツキ。 僕は小さな子どものように二人に挟まれて、前へと足を進めていく。

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