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the last act. Plastic Kiss side A 〜 the 1st day 5

「ねえ見て、アスカ!」 幼い子特有の高い声に隣を見ると、アユムくんが目を輝かせながら前を向いて指を差していた。 指示された方向を目で追えば、桜色の服を着た妖精が周囲を子ども達に囲まれているのが視界に入る。 懐かしい光景だ。 「……エリシフだね」 あの頃と変わらない姿のマスコットキャラクターが、小さな子ども達と戯れていた。昼下がりの白い陽射しに目を細めながら、僕はアユムくんに声を掛ける。 「エリシフ、好き? 一緒に行こうか」 「ううん、いいよ。エリシフは女だから。俺、トールの方がいい」 トールというのは、エリシフと共にここのメインキャラクターを務める男の子だった。勇者の剣を手にモンスターと闘う、強く頼もしい妖精だ。 「僕が子どもの頃、トールやエリシフはいなかったんだよ」 「え、そうなの? アスカも小さいとき、ここに遊びに来てた?」 「うん。子どもの頃も、高校生になってからも。何度も来たことがあるから、すごく懐かしいなと思って」 この遊園地に北欧の妖精をあしらったキャラクターが生まれたのは、確か僕が中学生になってからのことだった。子ども受けのする容姿と設定が功を奏し、少しずつ廃れつつあった遊園地は再び活気を取り戻した。 「中に入ってる人も大変だよな」 しみじみとそう呟くミツキに、アユムくんが怪訝な顔をして口を開く。 「中に入ってるって、何のこと?」 「ミツキ」 何も知らない純真な瞳を前に、僕は思わず声を出してしまっていた。 「駄目だよ」 ──この子が本当のことを知るのは、もう少し先であってほしいんだ。 そう心の中で訴えると、ミツキは驚いたように目を見開いて、それから優しげに笑った。その穏やかな表情につい見入ってしまう。 「何でもないよ、チビ」 「チビって言うなって」 怒った顔をするアユムくんの頭を撫でて宥める。こんな些細なことで、ミツキとの距離がほんの少しずつ縮まった気がした。 ミツキは何を思い、ここへ僕を連れてきたのだろう。この四日間を超えれば、僕の中で何かが変わるんだろうか。 「ねえ、今度はあれに乗りたい!」 遠くに見えるカラフルな空中ブランコを指差してはしゃぐアユムくんと手を繋ぎながら、僕はいつか歩いた小径をゆっくりと進む。 はらはらと舞う薄紅色の花弁が、不意に視界の隅に映った。 背後から強い風がひと吹きして、僕たちの行く先へと駆け抜けていく。 季節外れに世界を彩る満開の桜が、もう一度見えた気がした。 「次で降りようか」 遊園地の最寄駅から電車に乗って、五つ目の駅を出発すると同時にミツキがそんなことを言い出した。顔を上げれば二つの瞳が僕をじっと見つめている。 ミツキから僕に向けられる眼差しはいつも優しくて真っ直ぐだ。その視線の強さに胸の痛みを覚えながらも、僕はどうにか逸らさずに見つめ返すことに慣れつつあった。 こうしているとまるで、僕が大学でミツキと過ごしていた時間が少しずつ戻ってきているみたいだ。 穏やかで楽しかったあの頃。それを思い出すことにひどく罪悪感を覚えてしまうのは、今の僕にはそんな幸せを享受する資格がないからだ。 窓の外に顔を向ければ、見知った光景が次から次へと流れていく。 電車に乗る前に券売機の前で渡された切符は、料金から考えてもせいぜいこの辺りまでのものに違いなかった。 「あれ? じいじのところに行くんじゃないの?」 座席から半分腰を浮かした無理な体勢で窓の外を眺めていたアユムくんが、驚いたように振り返る。 「うん。その前にちょっと寄り道な」 ポンポンと頭に軽く手を乗せて、ミツキは小さくかぶりを振る。その優しい仕草に、この子のことを愛おしく思っているんだろうなとわかる。 アユムくんのおじいちゃんというのはミツキのお父さんのことだろう。つまり、僕たちはこれからミツキの実家へ行くということだ。 てっきりミツキが今一人で住んでいる家に向かっていると思っていたから、僕はアユムくんとは違う理由で驚いていた。 前に会ったとき、ミツキは両親と折り合いが悪いと話していた。そのきっかけが何だったのかを思い出して、また胸がざわつく。 そうだ。確か交際していた彼女が妊娠して、そのことがきっかけで両親と仲違いをして──そんなことを言っていた。 こうして実家に行けるようになったのは、あれからちゃんと和解できたということだ。 走っている電車の速度が落ちてきて、僕たちは座席から立ち上がり降りる準備をする。ホームに掲げられた駅名を記した看板に、既視感を覚えた。 ああ、懐かしい。 電車を降りて駅から出れば、目の前には緑に囲まれた長い参道が伸びていた。 彼方からゆっくりと夕暮れが近づいてくる。けれどここは闇に呑まれることはない。それは、大きな神社がこの地を護るからだ。 アユムくんと手を繋ぎながら足を進めていると、ミツキが反対側にそっと寄り添ってきた。少し空いた距離をもどかしく感じてしまう。 「ご両親と仲直りしたんだね」 間を持たせようとそう話し掛ければ、ミツキは少し眉を上げてそっとかぶりを振った。 「いや、してない」 意外な返答にまじまじと見つめてしまうと、ミツキは少し罰の悪そうな顔で逸らした視線を長く伸びた影の先に向ける。 「俺、大学に入るタイミングで一人暮らしを始めてから、まだ実家に帰ってないんだ」

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