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the last act. Plastic Kiss side A 〜 the 1st day 7※
『そうなんだ。すぐに死んじゃうものだと思ってた』
『平均で十年ぐらいは生きるんじゃないかな。うまく飼育すれば二十年以上は生きられる』
『そんなに? すごいね』
金魚がそこまで長生きするということを、僕は知らなかった。感嘆の声をあげると沙生は肩を竦めて桶の方へと視線を向ける。
『こういう金魚がすぐに死んでしまうのは、ストレスが大きいからというのもあるんだろうね』
ストレスを受けるせいで寿命をたくさん縮めてしまう、繊細な生き物。あの小さな空間で所狭しと尾を揺らす金魚の群れが可哀想に思えた。
『飼っている生き物が死んでしまったら、すごく悲しいだろうね』
『そうだね』
僕は生き物を飼育したことがない。だから、別れの悲しみも想像の上でしか話すことができない。
思えば沙生との関係だってひどく不確かなものだ。この先僕たちに別れが訪れることがないとも限らない。
そんな不吉な考えが頭をよぎった途端、無性に胸が痛くなった。
ずっとずっと、一緒にいたい。この幸せは僕が望むように続くのだろうか。
不安に駆られるままに、沙生の腕を引き寄せる。そんな僕を見下ろす鳶色の瞳は、本当に優しかった。
『大丈夫だよ』
突然腰を引き寄せられたから、バランスを崩して沙生にもたれかかってしまう。だけどしっかりと両腕で支えられて、その心地良さに安堵する。
沙生が大丈夫だと言ってくれれば、それだけで大丈夫だと思える気がした。
『そろそろ帰ろうか、飛鳥』
耳元で名前を囁かれて身体の芯が小さく震える。さらりと素肌を覆う浴衣の感触が今はもどかしい。無言で頷けば、沙生は僕の髪を梳くように頭を優しく撫でてくれる。
見上げれば、夜空にはぽっかりとした満月が浮かんでいた。
しゃんしゃんと聞こえていた軽やかなお囃子の音が、すうっと潮が引くように遠ざかっていく。
静寂の中、僕たちは二人だけの世界に佇んでいた。
しゅるりと鋭い衣擦れの音が優しく闇を斬る。暗がりを落ちていく帯には気にも留めず、愛しい人は手を滑り込ませて僕の肌にそっと触れた。
ようやく与えられた熱は一緒に参道を歩いていたときから焦がれていたものだ。確かめるように身体を弄る手つきに浮遊感を伴う目眩がした。
『沙生……』
子どもがじゃれるように互いに脱がせ合い、一糸纏わぬ姿で身体を重ねる。いつもよりも鼓動が速く、肌が熱を帯びているのがわかった。興奮していることを否が応でも自覚する。
『シャワーを浴びた方がいいと思う』
『どうして』
『だって、汗でベタベタだから……』
小さな声でそう理由を告げれば、僕の瞳を覗き込みながら沙生は優しく微笑んだ。
『浴びても、また汗をかくと思うけど』
それはそのとおりだと納得したけれど、何となく気恥ずかしくなって口を噤んだ僕に、愛しい人は顔を近づけてくる。
『大丈夫。飛鳥、すごくいい匂いがしてるから』
その言葉にドクリと心臓が大きな音を立てる。どんな匂いがしているのか自分ではわからないけれど、沙生が好んでくれるならそれだけで僕は十分嬉しい。
唇を軽く食むような口づけは、やがて深いものへと変わっていく。
合わさるところから流れ込む熱は次第に高まり、僕たちのいる世界がぐらりと揺らぐ。背中にシーツのあたる感触がして、押し倒されたのだということに気づいた。沙生とセックスをするときはいつも、自分でもどうかと思うほどに周りが見えなくなる。
二人だけの空間で僕たちは密やかに呼吸をして睦み合う。
キスを繰り返しながら肌を弄る指先が、明確な意図を持って胸の頂に触れた。
「──ん、ふ……っ」
唇の隙間から漏れた声を呑み込むように息を殺し、僕は沙生の肩を掴む。試すようにそこを優しく転がされて、もどかしい感覚が下肢を伝っていく。
「ん、沙生……」
頭が胸の辺りまで降りていって、今まで触れられていた小さな突起をひと舐めされると、ぞわりと痺れのような快感が生まれる。
それは、落とされた雫で水面に波紋が広がるのとよく似ている。我慢できずに揺れる腰を沙生の掌が優しく撫でて、やがて宥めるようにそこを握りしめられた。
沙生のくれる愛撫はどこまでも穏やかだ。なのに、その優しさで僕の中に渦巻く熱を高めて、いつも一人では辿り着けない深いところまで連れて行ってくれる。
「ん、あ、あぁ……」
緩やかに扱かれる動きに合わせて何度も息を吐く。舌先で胸の突起を転される度に、昂ぶりに加わる刺激は強さを増していく。
二つの部分から与えられる快感がうまく繋がって、僕はただそれを受け入れるだけの生き物になる。
快楽の波に揺蕩いながら薄く目を開けてみれば、見慣れた天井がゆらりと揺れていた。
ああ、ここは海の底のようだ。
他に誰もいない、二人だけの深海。
これ以上ないほどに幸せだと感じる反面、僕はこの世界が変わることを怖れていた。
沙生の気持ちが僕から離れてしまうこと。何か大きな変化が起きて、一緒にいられなくなってしまうこと。
ふとした拍子に、そうやって失うことを考えてしまう。漠然とした絶望の未来がいつか訪れることが、僕には怖くて堪らない。
『飛鳥』
名を呼ぶ声が僕の意識を現実へと引き摺り戻す。今にも果てそうな身体は熱を燻らせて悲鳴をあげていて、自分ではどうにもならないもどかしさに身を捩った。
『──ああ、イきそう……』
しっかりと握り直されて幾度か扱かれた途端、僕は堪え切れずに欲を放ってしまっていた。
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