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the last act. Plastic Kiss side A 〜 the 1st day 14

ドクドクと全身を駆け巡る心臓の音を抑えつけて、ミツキに聞こえないようにしてしまいたい。それさえも叶わずに、なされるままに委ねるしかない。 ただ抱きしめられているだけなのに、これほどまでに胸が掻き乱される。 「ごめん……何もしないから、一緒に寝てもいいか」 耳元で響く掠れた声に、僕はただ頷くことしかできなかった。 一人で眠ることが難しくなったのは、サキを失ったあの日からだ。 赤ん坊のように優しくベッドに寝かされる。ミツキは僕の隣にするりと滑り込んできた。 ユウとは違う温もりを感じるのは随分久しぶりだ。たったこれだけのことで、いっそう頰が火照っていくのを感じた。 どうすればいいのかわからなくて壁に向かって横になると、ミツキは後ろから僕の背中をそっと抱きすくめる。 ドクドクと今にも爆発しそうに胸が高鳴っていた。それを少しでも抑えたくて喘ぐように呼吸をすれば、身体に回っていた腕の力がふわりと抜ける。 「どうした、息苦しい?」 心配げな囁きが耳元で響いて、僕はそっとかぶりを振る。 「ううん。心臓がおかしくなったみたいなんだ」 小さな声でそう訴えれば、控えめな笑い声が聞こえてきた。 「俺もだ」 よく意識してみれば、背中にあたっているミツキの身体から自分とは違う鼓動が伝わってくる。目眩がするほどに緊張しているのは僕だけではないことに、少しだけ安堵する。 「本当だね。じゃあ、ちょっと深呼吸をしてみようか」 僕がそう提案すると、ミツキはまた小さく笑った。 一緒に深く息を吸って、ゆっくりと吐く。言葉もなくそれを二人で繰り返す。 鼓動はまだ収まらないけれど、昂ぶっていた気分は少しだけ落ち着いたかもしれない。 静かな部屋に響くのは、呼吸と心臓の音。互いのわずかな身じろぎさえ気になってしまうぐらい、この世界は小さく封じ込められていた。 何もしないというのはその場凌ぎの言葉ではないようだ。背後から僕を抱きしめたまま、ミツキはただじっとしていた。 それでも、この状態ではとても眠れそうにない。何かを話さなければいけない気がして、僕は恐る恐る口を開いた。 「ミツキ、よかったね」 「うん?」 「ご両親と仲直りできて」 「ああ」 そのことか、とミツキは呟くように声を出した。仲直りという言い方をするのは語弊があるかもしれない。きっとこの家族は仲違いをしていたわけではなかったから。 「拍子抜けしちゃったよ。もうちょっと怒られたりするんだろうなって思ってたけど」 嬉しそうな明るい声に、僕まで気持ちが楽になってきた。身体の奥から緊張感が少しずつ緩んでいく。 「でも離れてた時間は無駄だったわけじゃなくて、俺にとっても必要だったのかもしれないなって、風呂に入りながら思ってた」 「そうかもしれないね」 何かを修復するためには時間が必要であることも多い。僕自身もそれは理解しているつもりだった。 かと言って時間が解決してくれないことも、たくさんあるけれど。 「そういえばさ。さっきうちの母親と、どんなことを話してた?」 急に話を向けられて、僕は軽く押し黙ってしまう。彼女と話したことをミツキに伝えることにこれといった支障はないだろう。けれど何となく秘密にしておきたくて、僕はあの時の会話をそっと胸の中に仕舞い込む。 「それはね、内緒」 「え、なんだよ」 ガバリと起き上がって顔を覗き込むから、思わず頭から布団を被ってしまう。それを素早く捲られて見上げれば視線が交わった。 不思議な高揚感と歯痒い照れくささに二人で顔を見合わせて笑う。起こしていた頭をまた降ろして元の体勢に戻るミツキに、僕は思ったことをそのまま口にする。 「でも、ミツキって愛されてるんだと思った。それが、すごく羨ましかった」 「……そうか」 また少しだけ沈黙が訪れる。抱きしめられるこの温もりに、肌がゆっくりと馴染んできているのがわかった。心臓はまだ軽く跳ねているけれど、ここはとても居心地がいい。 もう離れたくないと、願ってしまいそうなほどに。 「僕は、母と姉の三人で暮らしてたんだけど」 そして僕は、なぜか自分のことを語り始めてしまっていた。 「父は物心ついたときにはもういなかった。どうしていなくなったのか、今生きているのかどうかさえずっと知らなかった。僕は母とそういう会話をしたことがなかったから。母の仕事がすごく忙しかったというのもあったと思う。それだけじゃないんだろうけど」 うん、と相槌を打つ声が聞こえる。話しながら心の中にあるわだかまりが少しずつ解れてきているのを感じた。 僕の父が母の妹と共にいなくなったことは、母にとってあまりにも残酷な事実だった。 けれど母は前へと進むことを選び、残された僕たちを守ろうとした。だからこそ、自らの妹に似てしまった僕に、その話をしようとはしなかったのかもしれない。

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