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the last act. Plastic Kiss side A 〜 the 1st day 15
「この間、父に会ったんだ。今まで会いたいと願ったことはなかったし、会える日が来るなんて思いもしなかった。でも」
父と交わした束の間の抱擁を想い出す。あの瞬間、僕達は確かに親子として心を通わせていた。
「会えてよかったと思った」
小さな溜息と共に吐き出すと、ミツキがそっと僕を抱き直してくれる。いつの間にか、この部屋は穏やかな優しい空間になっていた。
どうしてこんな話をしてしまったのだろう。
僕の中には誰かに父のことを話したいという気持ちがあったのかもしれない。そして、ミツキなら胸につかえていたこの思いを真摯に聞いてくれる気がした。
「よかったな」
言葉を置くようにそう言って、ミツキは僕の頭に顔を寄せてくる。唇を押しつけられているのだとわかって、落ち着いていた鼓動が再び逸るのを感じた。
身体に回っていた腕が離れて指先が髪を梳く。うなじに唇が触れるのがわかった。じりじりと何かを植えつけるようなキスに、肌が痺れたような感覚を覚える。
「ミツキ……」
震える声は熱を帯びている。たったこれだけのことで、どうにかなりそうな自分が怖かった。
「ごめん」
気まずそうに囁いて、ミツキはその行為をやめてしまう。なかったことにしてしまうかのように後頭部を撫でられて、その手はまた身体に回ってきた。
こうして四日間を一緒に過ごすことになったからには、肌を重ねることも覚悟しなければならない。
けれど僕はミツキとセックスをすることが怖かった。何もかもを中途半端に投げ捨てたままにしながら、全てをごまかしてミツキに甘えてはいけない。それがミツキを深く傷つけてしまうことになるというのは、身をもってわかっていた。
いつも僕はそうだった。サキがルイと関係を持ったと知ってから、どうすればいいかわからずに大学でミツキと会ったとき。サキを失ってから再会したミツキと一緒に過ごした四日間。苦しくて手を伸ばしたその先にはミツキがいてくれて、僕は考えもなしに容易く縋ってしまった。
そして、僕が闇雲に手繰り寄せておきながら身勝手に切った糸の端を、ミツキはまだ離していない。そう思うと胸が締めつけられたように疼いた。
「実はさ、ずっとアスカに謝りたいと思ってた」
不意にそんなことを言われて、僕は返す言葉もなくただじっと息を潜める。
「後悔してるんだ。あの時、アスカとセックスしたこと」
ミツキは僕を抱きしめる腕に力を込めた。これ以上無理なぐらいに密着して、それでも僕達の距離はとても遠い。
もしもこれほどまでに僕が弱くなければ。あのとき縋ってしまわなければ。ミツキにはもっと違う未来があったのかもしれない。
「俺はアスカが弱ってるのを知ってて、自分のことしか考えずにそこにつけ込んだんだ。アスカの気持ちが不安定なのに、そういうことをしちゃいけなかった。振られて当然だと思ったよ」
そう言って、ミツキは息を吐くように僕の耳元で囁いた。
「悪かった……」
「ミツキは悪くない。悪いのは全部僕だ」
思わずそう返せば、耳元で小さな溜息が聞こえた。擽ったさに身を捩ると身体に回っていた腕が緩んで頭を撫でられる。
「そうだな。そうやって何もかもを自分のせいにしちゃうところが、アスカの悪いところだ」
さらさらと髪を梳かれているうちに、身体の熱は少しずつ鎮まってくる。
ああ、気持ちいい。意識がふわりと上昇していく感覚に、ようやく待ち望んでいた微睡みが訪れてきたことを知る。
「だから、責任を取ってこの四日間は俺に付き合えよ」
「……うん」
そんなふうに念を押されれば、頷くことしかできない。僕の頭に掌をポンポンと置いて、その腕はまたこの身体を包み込む。ミツキの笑う気配にじんわりと心の中が温かくなっていく。
時が止まってしまえはいいと思うぐらい、この瞬間が愛おしい。けれどそれが罪になることも僕にはわかっていた。
自分の犯したことを、けっして忘れたわけではない。サキを犠牲にしておきながら、僕は幸せにはなれない。
「おやすみ、アスカ」
「……おやすみなさい」
眠りの呪文に応えながら、意識が急速に深くへと沈んでいくのを感じていた。
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