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the last act. Plastic Kiss side A 〜 the 2nd day 15

今置かれている状況で何を言えばいいのかわからなかった。 このベッドの上で、かつて僕はミツキに抱かれた。束の間の関係を紡ぎ、別れを告げることで自分の中にある曖昧な気持ちに終止符を打てると思っていた。けれどそれは間違いだった。 中途半端な覚悟のままに身体を繋いでしまったからこそ、僕たちは互いに苦しむことになったのだろう。 「……ごめん」 ようやく口にできたのは陳腐な謝罪の言葉で、その瞬間ミツキが心外だという表情をする。 「謝られると、傷つくんだけど」 そっと細められた目は、ほんの少し笑っているように見えた。ごめんともう一度口にしかけて慌てて口を噤む。そんな些細なやりとりで鼓動は次第に落ち着いていく。 「寝ようか」 こくりと頷いた途端、肩を掴まれて枕側へとそっと押される。抗うことなくベッドに倒れ込んだ僕の身体に手早く布団を掛けて、ミツキは自分も隣に横たわった。 優しく包み込むように抱きしめられて、思わず名前を呼んだ。 「ミツキ……」 「ずるいのはわかってる。でも、アスカに触れたいんだ」 こうして腕の中で安らぐなど、赦されないことだ。このひとときを喜んで享受するのは罪だと思う。 「俺はアスカに甘えてるんだよな。ごめん」 額を掠める小さな溜息に僕はかぶりを振る。ずるいのも甘えているのも僕の方だ。拒むことができるのにそうしないのは、僕もこうされることを望んでいるからだ。 ただ、心地よいぬくもりに包まれて眠りたい。意識が融けてなくなるほどに。 ごそごそと身じろぎすると僕を抱く腕の力が緩む。ミツキに背を向けて、目の前の壁を見ながら少し息をついた。 顔を見合わせないでいる方がいいと思う。ミツキから直視されることが怖かった。 背中を包み込む体温は確かな熱を持っていて、僕はそのことにひどく安堵してしまう。ここは夢の中ではないという証のような気がしたから。 トクトクと小さな鼓動が身体に響く。目を閉じて、緊張を解すようにまた息を吐いてみた。 「……人は死んだらどこへ行くのかな」 ずっとサキのところへ行きたいと思っていた。サキに会って、謝らなければならない。だから僕は、懺悔する場所を探し続けてきた。 「実は俺、知ってるよ。天国のある場所」 ミツキがそんなことを言い出すから、思わず頭を上げる。振り向こうとすればそれを妨げるように髪の中に顔が埋まる感触がした。ミツキがどんな顔をしているのかを確かめたかったのに、叶わない。 「本当に?」 壁を向いたまま訊き返せば、そっと頷く気配がした。ミツキの手が、布越しに滑るように僕の身体を撫で上げていく。肌よりもっと内側に熱が灯るのがわかった。 植えつけられる温度の高さに身体が震える。小さく喘ぎながら、僕はただじっと怯えていた。 するりと肌をなぞった掌は、左胸の上で止まる。ドクドクと破裂しそうに高鳴る鼓動が、ミツキにもわかってしまっただろう。 「ここ」 トン、と軽くその部分を叩かれた後、掌はすぐに胸の上へと置かれる。 「ここが、亡くなった人のいるところなんだ」 押さえた胸が躍動して鳴るのを愛おしむように、ミツキは僕の胸を優しく撫でた。長い指が微かにリズムを刻む。それが僕の心音に合わせたものだと気づいて静かに息を潜めた。 「人は死んだら誰かの記憶に残る。だから、亡くなった人はアスカのここにいるんだ」 ここが、天国の在り処。 思いもしなかった答えに驚く。背中に感じる体温からは、ドクドクと何かが響いてくる。けれどそれがどちらのものなのかはわからない。暗闇の中で僕たちはひとつの鼓動を打つ生き物として存在していた。 生命を落としたからと言って、初めからいなかったかのように消滅するわけではない。その痕跡は 亡くなった人は心の中に残る。 「……僕はずっと、この世からいなくなりたいと思ってた」 するりと唇からこぼれた言葉が、静かに響き渡る。微かな声で話しているつもりなのに、やけに大きく聞こえる。今、この世界には僕たちしか存在しない。 「籠の中に閉じ込められたまま、深いところまで沈んでいく。息苦しくていくら喘いでも酸素が足りずに目眩がするんだ。見上げれば、水面に光が煌めいている。遠ざかる空をただ仰ぎながら、僕はあの輝く場所へ行きたいと願っていた」 「それが、アスカの見ていた夢?」 夢か現かはわからない。どちらが夢なのか、僕自身判別が付いていないから。 じっと黙り込んでいると、ミツキは僕を抱きしめたまま溜息のように言葉を漏らした。 「生きたまま棺桶に入ってるみたいだな」 そうかもしれない。サキを失ってからの僕は、死んだようにこの世界を生きてきた。弔われることさえ叶わずに、あてもなく。

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