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the last act. Plastic Kiss side A 〜 the 2nd day 16

「死んだ人は、生きてる人の心の中にいる。だから、お前を赦せるのはお前自身しかいないなんじゃないか。俺はそう思うんだ」 ミツキの話すことを聞きながら、僕はぼんやりと考えていた。 サキのところへ行きたいという気持ちを失ったことはない。サキの面前で懺悔しなければ何の意味もないと思う。 けれど、そこで赦しを請う権利はない。僕がサキの生命を奪ったことは紛れもない事実で、そのこと自体がけっして赦されることではないとわかっている。 ──サキなんて、いなくなればいい。 消えゆく生命を手離そうとする恋人に対して最期に伝えた言葉がそんな呪詛だなんて、あまりにもひど過ぎる。 「初めはさ、死んだ奴のことなんか忘れて俺のところに来ればいいって、本気で思ってたよ。俺が忘れさせてやれるんじゃないかと自惚れてたしさ」 ミツキの唇からこぼれた吐息は温まった空気にゆるりと溶けていく。不思議な空間だと思った。僕たちはただ二人だけでここに存在していて、他には誰もいないはずだ。けれど、今この瞬間も確かに見られている気がして仕方がない。 目を閉じれば思い浮かぶのは、煌めくふたつの眼差し。わずかな光さえ集めて、クリスタルガラスのように輝く瞳だ。 あの美しい双眸が、静かな暗い水の中で僕の全てを見透かし、魅了してやまない。 「過去のことで雁字搦めに縛られているアスカを自由にしてあげたいという気持ちはずっと持ってる。でも今は、忘れさせてやりたいと思ってるわけじゃない。忘れるのが簡単じゃないことはわかってるつもりだし、事実をなかったことにはできない。ただ、過去を抱えたアスカを俺がそのまま引き受けることができたら。そう思ってる」 忘れることなど赦されない。けれど、いつか全てを受け入れた上で僕自身の人生を歩むことができるのだろうか。 そっと目を開ければ、瞼の裏に浮かんでいた幻影はふわりと消えていく。 白い壁に顔を向けたまま、僕は深く息をついた。夢の延長上にあるのがここならば、この現実はあまりにも出来過ぎていると思った。 意図的に仕組まれた、僕の四日間。 「ミツキは、どうして僕のことが好きなの」 改めて素朴な疑問を口にする。そんなことを問う理由はひとつしかない。不安で堪らないからだ。 好意を手にする権利もないのに、手離すことが怖い。 息を潜めて答えを待ち続けていると、そっと笑う気配がした。抱きしめる腕の力がほんの少し強くなる。 「そんなこと、俺が訊きたいぐらいだ。他の誰かじゃ駄目なんだ。代わりはいらない」 ドクンと心臓が跳ね上がる。誰かが誰かの代わりになることはできない。それは僕にも嫌というほどわかっている。 「……アスカ」 首筋に唇が押し当てられる感触がした。柔らかな熱を植えつけるその行為に身体が震える。曖昧に揺らぐ意識を押さえつけるように、絡まる腕が僕を包み込む。 この腕を解くことは簡単だ。けれど、僕はその方法さえ忘れてしまったまま、身じろぎもせずただこの温もりを受け入れていた。 「アスカ、好きだ」 耳元で囁かれる響きが心地よくて、胸が痛くなる。 こんな僕を好きだと言ってくれる人がいる。それが永遠に続かないことを、僕は誰よりも知っている。 たとえ全てを赦されたとしても、いつ離れていくかも知れないものに縋る勇気はない。 「好きだ……」 不安定な僕の心に重しを載せるかのように、ミツキは何度もそう繰り返す。 ああ、この言葉は枷だ。重なれば重なるほど、ここから動けなくなる。緩慢な優しさは、いつか雁字搦めに僕を縛りつけるだろう。だからこそ、受け入れることができない。 ──ミツキ。 聞こえないように、そっと名前を呼んでみた。いなくならないでほしいと思ったからだ。 背中に回された手が解けて、首の付け根から肩甲骨をなぞり出す。 失った羽根を愛おしむような、優しい手つきだった。 鼓動が次第に落ち着いて、呼吸がゆったりとしたものへと変わっていく。空気と一体化していくかのように、淡い闇の世界の中に意識が緩やかに融けるのがわかった。 「おやすみ、アスカ」 微睡みを誘う声に全てを委ねて僕は目を閉じる。 ここが、世界の果て。 包み込む体温に心地よく揺られているうちに、胎内へと還っていくような錯覚を起こす。 意識は緩やかに螺旋を描きながら落ちていく。 夢さえ見ないほど、深く。

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