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the last act. Plastic Kiss side A 〜 the 3rd day 9

遠くの空に稲妻が光る。この雨は、誰かの涙なのかもしれない。怒りや焦燥、悲しみ。負の感情を含んだ雨は川に降り注ぎ、海へ流れ込んで、やがて空へと還る。 踵を返し、瑠衣は車の方へと歩いていく。白いサブリナパンツが雨に濡れている。凛とした後ろ姿が美しい。 彼女はいつだって、僕が到底叶わないほどに強く真っ直ぐだ。彼女のようになれたらよかったと、幼い頃から何度思っただろう。 華奢な背中を見つめながら、僕はぼんやりと考える。 いつか瑠衣が沙生以外の誰かを愛することがあるのだろうか。 姉が僕の知らない誰かを愛し、子どもを産み、幸福な日々を過ごす。 そういう未来を、なぜか想像することができない。沙生を愛さない瑠衣を僕は知らないから。 雨脚が次第に遠ざかっていく。雲の隙間から陽射しがこぼれ始めても、僕の胸には靄が掛かったように不穏な感情が渦巻いていた。 遥か彼方から、僕の名を呼ぶ声が聞こえた。 深層まで降りていた意識が、微睡みながら少しずつ浮上していく。 「……アスカ」 耳に届くのは、今までとは違うクリアな声。夢の続きは、霞のように空気へと溶け込んで消えていく。 顔を上げるとミツキが僕の顔を覗き込んでいた。絡まる視線に、ああ僕はこの人とここへ来たんだと思い出す。肩に掛かる掌の温もりが優しい。 「おかえり」 そう口にしてミツキは片手で僕の頭を引き寄せ、目を閉じた。まるで、生き別れた人との再会を惜しむかのように。 川から吹く風が僕達の肌を何度も撫ぜていく。惜しみなく降り注ぐ陽射しの眩しさに目を細める。煌めく水面は掌には掬うことのできない輝きを放ちながら流れていた。 ああ、この世界はサキを失ってもなお明るく美しい。 「ミツキ。僕は、ここへ来たことがあるんだ」 何かを言わなければいけない気がしてそんなことを口走る。けれどミツキがそれを知った上で僕をここへ連れてきたことは、もはや疑いようもなかった。 「きれいな景色だな」 独り言のようにぽつりとそう呟いて、ミツキは少し黙り込んでからおもむろに口を開いた。 「まあ、アスカの方がきれいだけど」 ニヤリとこちらを見て笑うその視線に堪え切れず俯く。そんなことを当たり前のように言えることがすごいと思う。 「恥ずかしそうだな」 「恥ずかしいよ」 意外だと言わんばかりに目を見開いてから、ミツキはそっと微笑んだ。 本当に優しい眼差しだと思う。こんな僕のことを見限ることなく、こうして寄り添ってくれる。 「川の中に入ってもいい?」 ふと思いついた僕の言葉に、ミツキはごく自然に頷いた。 「いいよ。一緒に入るか」 ミツキが手を引き上げてくれる。僕達はゆっくりと川へ向かって歩みを進めた。 素足になって裾を捲り、浅瀬から爪先をつけていく。足の甲を撫でて流れる冷たい水の感覚が覚束なくて、思わず傍にある腕を掴んだ。 「大丈夫か」 「うん、平気」 しっかりと頷いてから、そろそろと前へと進んでいく。あの日、サキと入った川。あの時とは別の水が流れているはずなのに、鮮やかに記憶が蘇ってくる。 「心中するみたいだ──そう僕は言ったんだ」 だけど実際には、サキだけがこの世界から姿を消してしまった。それが僕の責任であることは、まごうことなき事実だ。共に生きることも、共に死ぬことも叶わず僕は一人取り残された。 そよぐ風に吹かれながら、僕達は肩を並べて川向こうを眺めていた。 「俺はアスカと心中したくないな」 呟くようにそう口にして、ミツキは小さく息をつく。 「死ぬんじゃなくて、アスカと一緒に生きたい。でもそれは、アスカが今想い出してる奴もそうだったんじゃないかと思うよ」 「そうかな」 ──そうだよ。 囁く声が遠く聞こえた。だけど何が正しいのか、僕にはわからないんだ。 僕がサキの生命を奪わなければ、今もサキは生きていただろう。病気が進行して不自由な身体であったとしても、自らの意志を示すことはできたはずだ。 「そろそろ出ようか」 ミツキの提案に頷いた。手を引かれ、元来た方へと導かれる。 水の流れる音に耳を澄ましながら、晴れた空を仰ぐ。 ここへ来たときよりも、太陽が高度を下げているのがわかった。 時間はいつも僕を置き去りにして流れていく。

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