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the last act. Plastic Kiss side A 〜 the 3rd day 11

「アスカ、奥へ行こうか」 空に触れようと挙げた手を下ろし、僕は導かれるままに足を運んだ。大理石のカウンター前に並ぶ革張りのバーチェアに、浅く腰掛ける。この店の客として、ここへ来たような錯覚がした。 ミツキがカウンターの向こう側へと回り込み、僕達は対面する。凛とした眼差しが蒼く光り、僕を射竦めた。 初めて足を踏み入れたユウの店に、こうしてミツキといることを、ただ不思議に思う。 長い指が壁のスイッチを押すと、ニッチのライトがぼんやりとガラス瓶を照らし出した。色とりどりに並ぶ輝きは、ずっと昔に遊んだビー玉を彷彿とさせる。 テーブルの上でカチリと硬質な音を立てて跳ね返る、小さなガラス玉。 『沙生、きれいだね』 丸く透明な輝きの向こう側に見えるのは、クリスタルガラスのように輝く鳶色の瞳。 幼い頃、僕の傍にはいつも大好きな幼馴染みがいた。 今、時を経て僕の前にいるのは、別の人だ。 「お客様、ご注文をどうぞ」 自然な口調で言われて、思わず微笑んでしまう。その立ち姿はとても様になっていた。 「……じゃあ、マスター。サラトガ・クーラーを」 そう注文すれば、ミツキは一瞬見開いた目をそっと細めて囁いた。 「畏まりました」 上質な時間が、静かに流れ始める。 エメラルドのように輝く瓶が傾き、クラッシュド・アイスが満ちたグラスに液体が注がれる。続いて、少量のシロップと琥珀色のジンジャーエール。流暢な手つきで一連の動作が繰り広げられていく。 軽くステアするその仕草は、僕の知る人を彷彿とさせた。天上に近いあの部屋で、僕はこのノンアルコールカクテルを何度か作ってもらったことがある。 繊細な輝きを放つグラスの縁を、きれいにカットされたライムが飾る。 目の前に出されたグラス越しに、僕はミツキを凝視する。一瞬、いないはずのユウを見た気がしたから。 優雅に微笑んで、彼は僕を見つめ返す。 「どうぞ」 「ありがとう」 小さく息をついてから、グラスを傾けて口の中に液体をそっと流し込んだ。ライムとジンジャーエールが程よいバランスで混ざり合っている。甘みを抑えた、喉越しのいいカクテルだ。 既視感に軽く目眩を覚える。目を閉じて、再び開けば長い腕が僕の頭上まで伸びてきていた。 前髪に触れる指先が優しく額を掠める。 マーブル模様を描く黒い大理石の上にグラスを置くと、液体の中を細やかな気泡が昇っていった。 視線が甘く混じり合う。親には言えない秘密を共有する子どものように、僕達はこの隠れ家の時間を愉しんでいた。 「ユウに習ったんだね」 謎解きの答えを口にすると、ミツキは少し残念そうな顔をした。いざ気づかれると、つまらなく思ったのかもしれない。 「アスカ、俺ね。今、この店で働いてるんだ」 その言葉に僕は驚き、同時に合点もいく。ミツキが店の鍵を持っていたこと。探ることなく照明のスイッチを入れたこと。そして、僕の知らないところで仕組まれていたこの四日間。 ユウとミツキを繋いでいるのはPLASTIC HEAVENだった。だから僕は今、こうしてミツキとここにいるのだろう。 「……知らなかった」 「びっくりした?」 「うん、びっくりした」 素直に頷くと、ミツキは肘をついて前に乗り出す。二人の距離が少し縮まった。少しの勇気を出して手を伸ばせば、抱き合うこともできるだろう。 「ユウは僕にそんなことを話さなかったから」 僕達は一定の距離を保ったまま、見つめ合う。目の前に見えない隔たりが存在するかのように。 ミツキとは二度と会うことはないと思っていた。だから、これが幻のような気がしてしまう。 もう会わないと決めていた人と、こうして再び視線を交わしていること。そしてここへ導いてくれたのがユウであること。それと同時に、頭の中で疑問が生じてくる。 ミツキはいつからここで働いているのだろう。きっと僕との四日間を過ごした後のはずだけれど、どんな経緯で働くことになったのだろう。 そして、ここでユウとどんなふうに接してきたのだろう。 訊きたいことはたくさんあった。けれど、言葉にするのは憚られた。 きっと、僕の知らない絆がこの二人の間には存在する。 「僕だけ仲間外れにされてるみたいだ」 「拗ねてる?」 「少しね」 そう答えながらも僕は自ずと笑ってしまう。ミツキもそっと口元を緩めて空のグラスを手に取り、ジンジャーエールを注いだ。乾杯、と小さな声で口にしてからグラスを煽る。 僕は改めて後ろを振り返り、店内を見渡してみた。 細やかな気泡がキラキラと輝きながら天に向かって立ち昇る。海の底のようなこの空間は、そんな幻影を見せてくれる。 もう一度正面を向いて、僕はまたミツキと見つめ合った。涼やかな眼差しが僕を射抜く。 夢の中にいる僕を、現実へと引き戻す。この双眸には、そんな力が備わっている気がした。

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