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the last act. Plastic Kiss side A 〜 the 3rd day 12

「ここで働きながら、いろんな人を見てきたよ。アスカの噂を聞いてやって来る人。アスカと四日間を過ごし終えた人。そして、自分を救ってくれたアスカの幸せを願う人。この店のカウンターには、お前に対していろんな想いを抱えた人達が座るんだ」 この場所で、僕と誰かを繋ぐ契約は交わされ続けてきた。そして、いつからかそこにミツキが携わっていたのだ。 「俺自身がこの店で契約して、あの四日間を過ごしたことで、アスカが過去に囚われて生きてることは理解したつもりだった。だからこそ、俺は絶対にお前を連れ戻したいと思ったんだ。だけど、俺が思っていたよりもずっとお前の背負うものは大きかった」 言葉をそっと並べるように、ミツキは語り続ける。 グラスの側面に滲む水滴を見つめながら、僕はぼんやりと想い出す。かつてミツキと過ごした四日間を。 目覚める寸前に消えゆく夢に似たあの儚い日々が、繊細に煌きながら走馬燈のように脳裏をよぎっていく。 自分の犯した罪を告白し、別れを告げたあのとき。このままずっとこうしていられたらと、どれだけ願っただろう。 けれど、サキを殺した僕がそう望むこともまた罪だとわかっていた。 「アスカと別れてから、ひとりで毎日を過ごすのは本当に辛かったよ。少しでもアスカとの接点が欲しくてこの店に入り浸るうちに、マスターからここで働いてみないかって誘われてさ。まさかと思ったし、一度は断ったんだ。だけど、この店と関わり続けることで、もしかしたらいつかまたアスカと会えるかもしれないと思い直した」 もう二度と会わないと、告げたのに。 僕が諦めても、ミツキは諦めなかった。わずかな可能性に縋って、この場所に留まることを選んだのだろう。 「ここで契約する人は、これからアスカと会えるんだ。初めは絶対に嫉妬するだろうと思ってた。だけど、実際に契約を交わした人から話を聞くことで、俺はアスカに会いたくて気が狂いそうな自分をなんとか抑えることができた。ここにいることで、アスカと繋がっていられるような気がしたんだ」 だから僕達は、ここを介して再会することができた。ミツキの強い意志があったからこそ、ユウはこの四日間を計画するに至ったのだろう。 「俺は弱いからね。何か拠り所がないと、やっていくことができなかった」 「そんなことはないよ。ミツキは本当に強いと思う。僕とは比べ物にならない」 言葉を遮るようにそう伝えれば、ミツキはかぶりを振って手を差し出す。こちらへと伸びてきたその指先に、僕はほんの少し躊躇ってからそっと触れた。 ドクリと心臓が大きな音を立てる。自分の手よりほんの少し高い体温に安堵を覚えた。 「アスカと出逢って救われた人を、俺はここで見てきた。誰かの人生を変えることができるお前をすごいと思ったよ。みんな、お前に心から感謝してた。そして誰もが口にするんだ。叶うものならもう一度アスカに会いたいって」 頭の中で想い出を反芻する。積み重なるたくさんの四日間。そのひとつひとつは独立した出逢いだけれど、全ては今に繋がっている。 「俺も、どうしてもお前に会いたかった」 大切な言葉を刻み込むように、ミツキはゆっくりと僕に告げた。僕だって同じだ。ミツキに会いたいと強く願っていた。けれど僕がミツキと違ったのは、再会を頑なに拒んできたことだ。 改めてカウンターの端から端までを目で追いかける。不思議で仕方がなかった。僕がこれまでに出逢った人たちがここへ来て、ミツキと会話をしていたということが。 彼らは僕がこの先二度と会わないであろう人々で、僕たちの人生はもう交わることはない。 けれどミツキは、彼らとここで僕の記憶を共有していた。 「僕の父にも会った?」 ふと思いついてそう訊けば、ミツキはそっと目を細めて微笑んだ。秘密を含んだ笑い方は、どこかユウに似ている気がした。 「会ったよ。実は挨拶もしたんだ。アスカの同級生だってね」 「そうなんだ」 幼い頃に生き別れ、記憶さえなかった実父との再会は、僕に転機をもたらしてくれた。 たとえ何かを犠牲にしたとしても素直に生きることを選ぶ尊さを、父は僕に伝えたかったのかもしれない。 ミツキが父と会っていたことに、僕はなぜか安堵していた。 もしかすると父はそのとき、ミツキに僕を委ねようと思ったのかもしれない。ユウがそうだったように。 静けさの中、天を仰ぐ。この空間の上に広がるのは、人為的に造られた夜空だ。けれど、僕にとっては辿り着いた楽園の果てのように思えた。 明確な意図によって創り出された、偽りの楽園。 ならば、今この瞬間は赦されるのかもしれない。 「ミツキ」 繋いだ手をきつく握り返せば、カウンターの向こう側でミツキは何かを覚悟するかのように頷いた。 「僕は、君のことを」 唇からこぼれ落ちた言葉は、薄紅色をした花弁のように舞い散り、淡く融けていく。 細やかな泡がキラキラと光を跳ね返しながら立ち昇り、水面で空気と混じり合う。 僕を見守る眼差しは強く、穏やかで胸が痛むほどに優しい。 ああ、どうすればいいのだろう。 言葉を発することができないまま、僕達はただ互いを探るように見つめ合っていた。

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