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the last act. Plastic Kiss side A 〜the 3rd day 13※
目を閉じれば、呼吸の音が聞こえる。
緩慢な時の流れに置き去りにされて、僕はまだこの水槽から出られないでいた。
唇から紡ぐ言葉の重みは理解しているつもりだ。
だからこそ、いつからか愛を口にすることがなくなってしまった。
そうして虚ろなまま時の狭間を彷徨ううちに、僕は思い直すようになる。愛していたというのは錯覚だったのかもしれないと。
サキと僕との間には、初めから愛など存在しなかった。
『大好きだよ』
ふわりと囁かれる吐息が、身体の表面をゆるりと撫でていく。ゾクゾクと細やかな震えが止まらない。
一糸纏わぬ姿で抱き合い、睦ごとを交わす。肌を覆うものを全て取り払った沙生の身体は燃えるように熱く、今が凍てつく冬であることを忘れさせてくれる。
今年一番の寒波が吹くこの日に、暖房器具のスイッチを切ってセックスをしようと誘ったのは僕だった。そんなことを言った理由は単純だ。二人の体温だけで、この冷え切った部屋を暖めてみたいと思ったから。
稚拙な提案を、沙生は拒まずに受け入れてくれた。数え切れないぐらい身体を重ねてきたベッドの上で、僕達はまたひとつずつ愛を刻み合おうとしていた。
膝立ちで対面し、何度もキスを繰り返す。浅く、深く。腔内を優しく弄る舌に翻弄されて、まだ触れられてもいない身体の中心が昂ぶってくるのがわかった。
呼吸が苦しくて、わずかに空いた隙間から吐息を漏らす。小さく笑って沙生は人差し指を伸ばし、僕の濡れた唇をなぞった。その感触にさえまた微弱な電気が走ったように背筋が震える。
『……んっ』
唇の間を割って、指が口の中に入ってきた。歯列をゆっくりと撫でて上顎を擦り、舌先を擽る。僕の全てを知り尽くした指先の動きが気持ちよくて、弛緩して開く唇から唾液がだらしなく滴り落ちた。
『ん、ぅ……ッ』
喘ぐ度に沙生は角度を変えて僕を見下ろす。鳶色の瞳は情欲に濡れて美しく煌めいていた。一般的な日本人の瞳よりも少し淡いこの色が、僕は大好きで堪らない。
『物欲しげに見るね』
そう囁いて、沙生はまた微笑む。僕の半身はとうに硬く張り詰めて先端からとろりと蜜をこぼし、はしたなく沙生の太股を濡らしていた。
肌が触れ合う度に感度が増していく。まだ何もしていないのに、絶頂はすぐ近くまで来ているとわかった。
『沙生、触って……』
素直にねだることが恥ずかしくないわけではない。それでも早く快楽を得たいという欲望の方がずっと強かった。
愛おしい人は満足げに頷いて僕を優しく押し倒す。身体の重みが心地いい。
宥めるようなキスと共に、下肢へと降りていった掌が僕の昂ぶりに触れた。その瞬間、強い電流が走ったかのように背筋が痺れる。
『ここ、すごいね』
親指で先端を撫でられて耳元でそんなことを囁かれる。ぬるぬると円を描きながら、沙生は僕を焦らすように高めていく。やがてそっと包み込んだ掌に緩く扱かれた途端、自然と腰が揺らめいた。
『あぁ、ん、は……ぁッ』
抑え切れない声がこぼれると、喉元にキスが落ちてくる。音を立てて何度も首筋を吸われ、その度に僕は身体を仰け反らせて広い背中に回した手に力を込めた。
小さな快感の蕾が次々に植えつけられていく。静かに灯される熱を、この身体は貪欲に受け入れてしまう。
『あ……沙生……』
けれど、沙生はその瞬間を与えてくれない。今にも達しそうなところまで迫り上がった身体を放置されて、恋人の名を呼ぶ声は小刻みに震える。
失った温もりが淋しくて、目が潤んでいるのがわかる。
沙生は上体を起こして、僕の張り詰めた部分をじっと見下ろした。やがて手を伸ばして、逆手で僕の昂ぶりを握り込む。親指と人差し指に強く力が込められた。
『……あッ、あ』
堰き止められた熱は行き場を失い、遣る瀬なく体内を循環する。先程服を脱いだ時は寒いと感じていたのに、同じ時間軸にいるとは思えないほど僕の身体は熱を孕んでいた。
『沙生、いや……っ、あァッ』
そこをきつく握り込んだまま、沙生の指先が僕の中へと入ってくる。今すぐに欲しい刺激とは別のものだったけれど、与えられた快感は火照る肌を瞬時に粟立てた。慣らされてもいないのに、その場所は沙生の指を容易く奥まで呑み込んでしまう。
『飛鳥の中、動いてるよ』
ぐるりと掻き混ぜられて、悲鳴に近い声がこぼれる。慌てて口を押さえてかぶりを振る僕を、沙生は容赦なく蹂躙していった。
『ああ、沙生、ダメ……』
奥から手前へと指が抜き挿しされる度に、ドクドクと身体の中心に血液が集まっていく感覚がする。沙生を受け入れる器官として存在するそこは、期待に濡れそぼりながらも、更に強い刺激を欲して卑しく蠢いていた。
『……っ、あ、んッ、は……』
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