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the last act. Plastic Kiss side A 〜the 3rd day 15※
沙生が動く度に、身体の芯が揺さぶられていく。気持ちよくて堪らないのに、それと同じぐらいに苦しい。
何度身体を重ねても昇ることが怖いと感じてしまう。それは、いつか沙生を失ってしまうんじゃないかという不安に囚われているからだ。
『あ、沙生、沙生……ッ』
淫らな水音を立てながら、僕達は高みへと向かっていく。沙生の手が僕の昂ぶりを握り込み、軽やかに扱き出した。先端から溢れる雫で濡れそぼったそこは、今にも破裂しそうに震えていた。急速に強い快感を与えられて、背筋をゾクゾクとしたものが走り抜ける。
『ひ、あぁ……ッ、イっちゃう……ッ、ああっ』
先端から勢いよく白濁が迸った。二人の身体が僕の放つもので汚れていく。
それでも沙生は抽送をやめなかった。余韻に浸る隙もなく、沙生は僕を快楽の渦から浚い、より高いところへと引き上げる。自分自身にさえ触れることのできない身体の奥を突かれる度に、僕はどんどん形を失っていく。
もうこれ以上は無理だ。そう感じた瞬間、身体の中を巡っていた熱が急激に爆ぜた。
『ああぁ、は、あァ……ッ!』
悲鳴に近い声が断続的にこぼれた。沙生が小さく呻いて僕に腰を押しつける。身体中が熱くて堪らない。
痙攣する僕の中は、貪欲に沙生の精を絞り込んでいく。収縮を繰り返しながら、僕たちは荒い息を繰り返し、世界の隅で揺蕩っていた。
『……飛鳥、大丈夫?』
額に貼り付いた前髪に指先で触れて、沙生は僕の顔を覗き込みながらそう囁いた。僕はこくりと頷いて、両腕を伸ばす。抱き合ったまま二人で視線を交じらせる。
大丈夫なわけがない。沙生とこうしているだけで、僕はおかしくなってしまう。
身体は情事の名残で火照っていた。触れる肌の体温が心地いい。あれほど昂ぶっていた熱が、少しずつ落ち着いてくる。
頭を撫でる掌の優しさに、ただ恍惚とする。全身の神経を研ぎ澄まして、僕は沙生の全てを感じようと目を閉じた。
『沙生、大好き』
肌を寄せ合い、沙生に包まれながら僕は想いを告げる。幼い頃に伝えていた好意とは異なる意味合いの言葉を。
『俺も大好きだよ』
ああ、沙生は確かに生きている。
このぬくもりの愛おしさに、なぜか胸が締めつけられる。ギリギリと軋むように痛む場所を、悟られないよう僕は沙生に押しつけた。
『飛鳥。我儘を言っていい?』
耳元で囁かれた言葉に僕は驚いて目を開ける。沙生が僕にそんなことを言うのはとても珍しかった。
『うん、いいよ』
顔を上げて沙生を見つめる。きれいな鳶色の瞳がわずかに揺らめいた。
『俺じゃないと駄目だと言って』
そんな至極当然のことを言葉にするよう要求されることが意外だった。僕にとって沙生は掛け替えのない恋人で、他の誰かに取って代わるなど考えられない。
『沙生じゃないと、駄目だ』
鸚鵡返しに言いながら、この想いが伝わるようにと願う。背中に回る手に力が籠って、僕たちは一層強く抱き合った。
『ずっとずっと、沙生だけ……』
そう囁いてから、僕は長い間訊くことができずにいた疑念をとうとう口にする。
『沙生は他の人とセックスしたことがある?』
視線を合わすことができなかった。目を見れば、きっと答えはわかってしまうから。
少しの沈黙が流れる。今どんな表情をしているのか、顔を上げて確認したい衝動に駆られた。それをじっと堪えて僕はただ息を潜める。
『……あるよ。飛鳥とこんな関係になる前にね』
嘘をつくことは容易かったはずだ。けれど、沙生はそうしなかった。予想はしていたことだけれど、実際に沙生の口から聞くと衝撃は大きかった。
情事の後でクリアになっていた頭の中が、じわりと濁っていく。
『そっか。そうだよね』
何かを言わなければいけないと思い、無意味な相槌を打つ。沙生が僕だけであるはずがない。だって、こんなにも完璧な人なのだから。
それでも、今は僕が沙生の心と身体を手にしている。その事実だけで満足するべきだとわかっていた。
『でも、好きなのは飛鳥だけだった。飛鳥への気持ちを断とうとして、少し寄り道をしてしまったんだ』
ごめん、と微かな声が聞こえた。謝らなければいけないようなことを、沙生は僕にしたのだろうか。唐突にそんな疑惑を思い浮かべて、頭の中に掛かる靄が濃さを増すのを感じた。
不意に抱きすくめられて、僕は胸に溜め込んでいた息を吐き出す。
『愛してるのは、飛鳥だけだ。今までも、これからも』
そんなことを言われて赦さないわけがない。そもそも僕には初めから沙生を咎める気持ちはなかった。
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