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the last act. Plastic Kiss side A 〜the 4th day 10※
軽いキスを交わしてから名残惜しく身体を離す。白い紙コップに炭酸ジュースを入れて、ケーキに蝋燭を刺したところで、僕は自分が失念していたことに気づく。
『ごめんなさい、ライターを忘れちゃった』
『大丈夫。こんな時のために用意してたんだ』
茶化すようにそう言って、すかさず沙生は机の引き出しからガスライターを取り出した。まるで、本当にこの時のために準備していたかのように。
『よかった』
沙生のフォローに救われて、僕は蝋燭のひとつひとつに火を灯した。ケーキの上で、小さな炎が小さく揺れる。
沙生が室内の照明を全て落とした。僕たちは椅子に腰掛けて、仄かな橙色の灯りに照らされながら視線を交じらせる。
『ハッピーバースデイ、沙生』
小さく頷いてから、沙生は蝋燭に息を吹きかけた。一瞬で辺りが闇に包まれる。その瞬間、温かく柔らかなものが唇に触れた。
『飛鳥、ありがとう』
来年も、再来年も、その先も。
どうか、これからも沙生の誕生日をこうして共に祝うことができますように。
何十年も先の未来は余りにも遠くて、自分がどうなっているのか想像さえつかない。
けれど、僕たちにとってささやかなこの幸せが、どうか壊れることのありませんように。
小さな世界の暗闇に包まれて、僕は沙生の確かな気配に安らぎを覚えながらそんなことを祈っていた。
紙コップをくっつけて乾杯し、些細なことを話しながら小さなホールケーキを二人で突つくように平らげる。片付けを終えた後、僕は沙生に手を取られて室内の奥へと導かれた。
『こっちだよ、飛鳥』
ドアを開ければそこには暗い空間が広がっていた。折り畳み式のベッドが視界に飛び込んできて、ここが仮眠室なのだとわかった。
いくつものベッドが畳まれた状態で並んでいる中、一台だけが広がっていて、薄い掛け布団が敷かれている。
『いいのかな』
沙生は平気だと言うけれど、万が一誰かが研究室に入ってきたら、僕がここへ忍び込んでいることがばれてしまう。
僕のことはどうでもいいけれど、沙生の立場が悪くなることがあってはいけない。
『大丈夫だ。今日は皆帰っているし、わざわざここへ戻ってくる人はいない』
そう言って、沙生は扉の鍵をそっと掛ける。
『もしも誰かが入ってきたら、それはそれで仕方ないよ』
『沙生はそれでいいの?』
『ああ、かまわない』
沙生のそういう大胆なところに僕は昔から度々驚かされたし、そんな部分も含めて大好きだった。
『誘ってるのは俺だから、飛鳥は何も悪くない。いいね?』
ベッドに腰掛けて唇を重ねる瞬間、沙生はそう囁いた。
それは駄目だよ、沙生。この幸せと同じように、罪は二人で分かち合いたい。
互いに身につけているものを全て脱いでしまう。一糸纏わぬ姿で抱き合えば、肌の温もりに蕩けてしまいそうだった。これでもう、誰かがここへ入って来ても言い逃れはできない。
後ろに押し倒されて、後頭部に掛かる優しい手がそっと衝撃を守ってくれる。ドクドクと高鳴る心臓の音は、この先に待ち受ける甘い快楽を期待している証拠だ。
この数日間離れていた僕たちは、心の隙間を埋めるように肌を重ねようとしていた。
何度もキスを交わしながら、沙生の手が僕の肌を撫でていく。頰に触れ、首筋を辿って、肩から腕を伝い降りて掌をそっと搔かれると、擽ったくて思わず吐息がこぼれた。
一旦指を絡ませたその手は、また離れて僕の胸に触れる。小さな頂きを指先で転がされて、ビリビリと電流が走る感覚がした。
『……ん、ふ……ッ』
反射的に漏れた声を閉じ籠めるように深く口づけられた。舌を絡め取られて幾度も吸われ、舌先で歯列をそっとなぞられると、そこから融けてしまいそうだ。
胸の突起を何度も摘ままれ、円を描くように優しく捏ねられる。たったこれだけのことで、どうしようもなく身体が疼いてしまう。気持ちよくて堪らない。
はしたないことだとわかっていながら、僕は下肢を沙生のその部分に強く押しつけた。何度もキスを交わしながら、沙生が小さく笑うのを感じる。
『あ……沙生、触って……』
我慢の限界に達して、とうとう口に出してしまう。顔を離して僕の目を覗き込みながら、沙生は唇をそっと開いた。
『どこを?』
わかっていながら、意図的にそんなことを訊く。沙生のそんな少し意地悪なところも大好きだ。
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