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act.2 Cherry Kiss 〜the 2nd day 1

「廉、授業中寝過ぎだろ」 帰り支度をしながら、隣の席で篤志が呆れたように言う。 「仕方ないだろ。昨日、寝られなかったんだよ」 俺は欠伸をしながら昨夜のことを思い出す。 あの後、アスカと同じベッドに入ってみたけど、興奮し過ぎて全然寝付けなかった。 あんなに熱い告白をしたのに。 ――僕も好きだよ、レン。 そう言ってアスカは優しく微笑んで。ピッタリ密着して寝てるのに、もうエッチなことは何もなし。俺は無駄にドキドキして、漂ってくる甘い匂いにムラムラして、なのにアスカは安心したようにすぐに寝ちゃって、それでおしまい。完全にあしらわれた。 「一回家に帰ってから、出て来いよ。どっか遊びに行こう」 篤志がそう言って俺を誘う。今夜は父さんと約束の日。ああは言ったけど、全くもって行く気になれなかった。もう、行くのやめよっかな。 「いいよ。夜まで付き合えよ。帰ったらメールするから、あとでな」 俺は篤志の誘いに乗る。いいタイミングだった。これで約束なんかサボっちゃえばいい。 「浅井くん」 クラスの女の子たちが、こぞって俺の元にやってくる。あれ? この子たち、結構前に教室から出てなかったっけ。 皆、すっごく興奮してる。知ってた? 目ってホントにハート形になるって。なに俺、モテキ到来か? 「浅井くんのこと呼んでって」 「校門で待ってるの」 「すごくキレイな男の人が」 「アスカ!」 ダッシュで走りながら、校門に立っているキレイな人の名前を呼ぶ。 「レン、走らなくていいよ」 ただ立ってるだけなのに目立ち過ぎてて、オーラがハンパない。皆がアスカを見てる。 「アスカ、迎えに来てくれたの?」 「そうだよ。レンのお父さんの車を借りて、そこのコインパーキングにとめてる」 それを聞いて、俺のテンションは一気に下がる。ああ、さては。 「……父さんに、言われて来た?」 俺が約束から逃げないように。 それには答えずに、アスカは微笑む。 「レン、一緒に帰ろう」 アスカが俺の手を取る。周りの女の子の悲鳴が聞こえてきた。 俺はアスカに見惚れてしまう。昨日、アスカが俺のことをすごく気持ちよくしてくれたことを思い出して、心臓がバクバク鳴ってる。 なんでアスカは男なんだろう。俺、こんなにドキドキしちゃって、どうしたらいいかわかんないよ。 「わかったよ。でもその代り、アスカとデートしたい」 緊張しながらようやく口にした言葉に、ふわりと花が開くように微笑む。 「いいよ、ちょっとだけね」 父さんの車を運転するアスカは、何だかすごく大人に見える。 「アスカ、運転上手いね」 「そうでもないよ。こういう仕事だから、運転しないといけないこともあるけど、すごく緊張する」 白いセルシオに乗ってアスカと二人、高速道路を駆け抜ける。何だかすごく気分が上がる。 「アスカ、大学は? 行かなくて大丈夫なの?」 「うん。今は休学してるから」 そう言うアスカは、なぜだか妙に淋しそうだった。 ああ、もしかしたら苦学生なのかな。だからこうやって働いて、お金を稼がないといけないのかも。 「レン、休憩しようか」 手近なパーキングエリアに入って、車から降りる。 二人で外のベンチに腰かけて、ソフトクリームなんか食べたりして。 うわあ、アスカ……食べ方がエロいよ。いや、普通なんだけど。昨日のこと、思い出しちゃう。エロいのはそんな見方をする俺。 アスカ、あの口と舌で昨日、俺のを……あ、思い出したらまた勃ってきた。俺はぶんぶん頭を振って、イケナイ邪念を払おうとする。なんか別のことを話さないと、妄想が口から飛び出しそう。 「アスカ。きょうだいは、いる?」 我ながら、当たり障りのない健全な質問。なのに、アスカはちょっと視線を落とす。 「……姉がいるよ」 表情がやけに険しい。なんでだろう? 仲が悪いのかな。 「俺も、きょうだいがいたらよかったなあって思う。こういうとき、相談したり一緒に考えたりできるしさ」 あと2時間もすれば、俺は父さんの女と会わなければいけない。想像するだけで憂鬱だった。 「俺の両親さ、ずっと仲が悪かったんだ。父さんには会社に愛人がいて。俺、母さんを悲しませる父さんが大嫌いだった。でも、母さんはずっと我慢して、何も言わずに家を守ってた。だから俺は絶対に母さんの味方になって、母さんを守りたいと思ってた。なのに、ちょうど去年の今頃……突然、母さんが家を出るって言い出したんだ」 アスカの瞳を見てると吸い込まれそうだ。子どもみたいに澄んでて、ホントにキレイだと思う。 「赤ちゃんができたんだってさ。父さんじゃない人の。で、離婚して、その人と結婚したいって」 『廉、ごめんなさい』 その時の母さんの泣き顔を、俺は一生忘れない。 「笑っちゃうよな。両親は安っぽいドラマみたいにダブル不倫。俺は守りたかった母さんに捨てられたんだ。今日は父さんの愛人と会う。不倫の末に結ばれた二人は、晴れて結婚したいんだって」 込み上げてくるのは、怒り。悲しみ。淋しさ。何よりも、無力な自分に対するやるせない気持ち。 「結婚でも何でも、勝手にすればいいって思ってる。俺は絶対に認めない。俺の家をメチャクチャにした女なんて。でも、いつまでも逃げ続けるわけにいかないことはわかってる。俺はどこかで折り合いをつけて、この嫌な現実と向き合わないとダメなんだ」 気がつけば空は茜色。射し込む夕陽がアスカを照らして、眩しくて。さらさらと風に靡く髪が輝いてる。アスカには夕焼けがすごく似合う。 「悔しいけど俺はまだガキで、大人が必要だから」 アスカが、俺の手を握ってくれる。掌のぬくもりが気持ちいい。 「レンは、えらいね」 「えらくないよ」 「えらいよ。僕なんかより、ずっと大人だ」 アスカが話す言葉は、魔法のように俺の心を穏やかにしてくれる。 「今日は、僕が一緒にいるから」 そう言いながら、アスカは天使みたいに優しい顔で微笑んだ。 「一人じゃないよ、レン」 家に帰って車を置いて、電車で父さんの会社の方へ向かう。アスカと一緒だから、気持ちが随分楽だった。 ビジネス街のど真ん中の駅で電車を降りてしばらく歩くと、約束のレストランに着いた。いかにも高級そうで気取った感じの店だ。 店に入って名前を言うと、ウェイターが奥の個室に案内してくれる。重い扉を開ければ、白い大理石のテーブルに父さんと女が座っていた。 母さんより少し若くて、少し女っぽくて、すごく化粧の濃い女。スーツをキッチリと着こなしてて、全然隙がなかった。 こっちを見る二人に、俺はつい身構える。 「大丈夫だよ」 アスカが小声で言う。俺はアスカとぎこちなく席に着いた。 「廉、この人は、父さんと同じ会社の人だ」 「沢木早百合です」 元愛人、現恋人? が自己紹介。俺は何も言わずに会釈する。 さっきのウェイターが飲み物の注文を取りに来る。どうやら父さんが事前にコース料理を頼んでるらしかった。 ウェイターが出て行ったところで、父さんがおもむろに口を開く。 「廉。父さんは、この人と結婚しようと思ってるんだ」 いきなり本題だった。俺は嫌味ったらしく言ってやる。 「俺、学校をやめて、家を出て働くよ。一人でやってくからアンタたちが何をしようと関係ない。結婚でも何でも勝手にすれば」 「自棄になってそんなことを言うもんじゃない」 険しい顔をする父さんの隣で、女が困った顔をしてる。何だよ、その顔。アンタが俺の家庭を散々引っ掻き回したんじゃないか。 「思いつきで言ってるんじゃない。ずっといろんなことを考えて、悩んでたよ。父さんは俺のことを一度でも考えたことある? ないよな」 父さんが言葉に詰まる。堪え切れなくなったのか、女が口を開いた。 「……ごめんなさい」 アイラインをくっきりと引いた目の縁が赤くなっている。 「悪いことをしていたのはわかってます。でもちゃんと認められたいの。あなたにも、世間にも」 そんなのどうだってよかった。 「だから、結婚したけりゃしろって。もういいだろ。俺、帰る」 「廉!」 俺は席を立って部屋から飛び出した。飲み物を運んできたウェイターとぶつかりそうになるのを避けて、店内を駆け抜けて外へ出る。 目の前に広がるのは夜のビジネス街。大人の世界で、俺は浮いてる。 「レン」 後ろから俺を呼ぶ声がする。アスカが追いかけてきていた。 「脚、速いね」 「俺、戻らないからな」 イライラしてるから、ついキツイ言い方をしてしまう。だけどアスカは気を悪くした様子もなくて、呼吸を整えながら首を横に振った。 「一緒に家に帰ろう」

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