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act.2 Cherry Kiss 〜the 3rd day
アスカとは、朝からほとんど口を聞かなかった。顔を合わせることさえつらかった。
俺とあんなことをしたのも、仕事だからだ。大体アスカは男なのに、ずっと一緒にいたいだなんて一瞬でも考えた俺がバカだった。
それなのに俺は、授業中ずっと悶々としてた。アスカとしたエッチなことを思い出して。ああ俺、ガチでホモなのかも。
「おい、廉。何ボーッとしてんの?」
隣の席から篤史が話しかけてくる。いつの間にか授業は終わってて、帰る用意を済ませたクラスメイトが次々に教室を出て行ってた。
「ああ、ちょうどよかった。篤史、ちょっと顔貸せよ」
近づいてきた篤史の頭の後ろに手を掛けて、引き寄せる。軽く唇を重ねると、女の子の上擦った悲鳴が聞こえた。
「……あ、やっぱ違うっぽい。ありがと」
俺、ホモじゃないかも。だって、篤史には全然ときめかない。
だけど篤史は顔を真っ赤にして慌てふためいてた。
「ちょ、マジでやめて。変な気を起こしたら、どうしてくれる」
「大丈夫、もうしないから」
篤史の妙な反応が気になりながら、カバンから携帯を取り出した俺は、もうそれどころじゃなくなってた。
画面に、ミヤビからの着信履歴が残ってたからだ。
雅は、3ヶ月前に別れた俺の元カノだ。同い年で、近くのお嬢さん学校として有名な女子高に通ってる。すごくかわいくてふわふわした雰囲気の、甘い砂糖菓子みたいな女の子だ。
俺は雅が大好きだった。でも、半年ぐらい付き合って別れた。理由は、雅が俺のことを好きじゃなくなったから。
別れてからすぐに、大学生っぽい男と腕を組んで歩いてる雅を偶然見かけた。別れた原因は多分こいつなんだろうなと思った。でも俺は、それで雅を責めるほどアツイ男じゃなかった。
正直に言えば、そのときには雅への気持ちが薄れてて、俺はもう他の女の子を探してた。切り替えが早いのが俺の数少ない取り柄だ。ただ、雅と別れてからこんな風に連絡が来ることは一度もなかったんだ。
俺は学校を出て真っ先に着信履歴から電話を架けた。
『廉くん……』
声が震えてる。どうやら泣いてるみたいだった。
「雅、どうした? 学校は?」
『廉くん、家に来て……』
雅の甘えた声が耳をくすぐる。どっちにしろ、今日はまっすぐ家に帰るつもりはなかった。アスカに会いたくなかったから。
「いいよ。待ってて」
電話を切った俺は、雅の家を目指してバスに飛び乗った。
何度か遊びに来たことのある家の前で立ち止まってインターフォンを鳴らすと、玄関から雅が出て来た。
「廉くん、ホントに来てくれたんだね」
「呼んでおいて、それはないだろ」
軽くそう言えば、泣き腫らした目をした雅がほんの少し顔を綻ばせた。そのまま俺を家の中に入れてくれる。
部屋に上がって話を聞けば、雅が俺を呼んだ理由がわかった。何となくそんな気はしてたけど、俺が見掛けたあの彼氏に振られたらしい。
「ひどいよ、二股だったなんて」
「大変だったね」
グズグズ泣いてる雅を俺は慰める。要するに、あの大学生に二股を掛けられてることに勘づいて、それを責めたら捨てられたんだって。
だけど、雅も俺とその大学生で二股を掛けてた時期があったんじゃないかと俺は思ってる。別に、今更どうでもいいんだけど。
雅の部屋で、二人きり。家には誰もいないみたいだった。
「廉くんと別れなければよかった……」
泣きながら甘えた瞳で俺を見る雅のことを、虫がいいと思った。でも、見てると堪らなく抱きしめたくなる。
やっぱり俺、ホモじゃなかった。女の子がちゃんとかわいく見える。
「そうだよ、俺にしとけばよかったんだ」
半分ぐらいは、本音だった。
「雅、おいで。慰めてあげる」
俺は雅を抱き寄せる。女の子って、小さくて柔らかい。
顔を上げて俺を見つめるその瞳が、女っぽくてびっくりする。付き合ってたときには見たことがない、誘うような表情だ。
そっと目を閉じて顔を近づけると唇が重なった。最初は軽く啄んで、だんだん深く貪っていく。
思い出すのは、アスカと交わしたキス。舌を絡ませ合いながら吸って、下半身にビリビリ響くようなキス。雅と付き合ってたときにはしたことがなかったエッチなキスを、何度も繰り返す。
熱い息を吐く雅の首筋に唇を這わせながら服の裾を捲り上げる。ブラジャーのホックも外して、膨らんだ胸に手をあててみた。
柔らかい雅の胸をゆっくりと揉みしだきながら乳首を舐めると、切ない喘ぎ声がこぼれた。
「雅……」
顔を上げて唇にキスしながら、スカートの中に手を差し入れる。初めて触る女の子のあそこは、水分を含んでしっとりとしてた。
濡れてるから、きっと大丈夫。指をそっと挿し込むと、それを悦ぶような高い声があがった。
ああ雅、初めてじゃないんだな。興奮してるのに、俺は妙に冷静だった。卑猥な水音と絡まりながら、喘ぎ声はだんだん大きくなっていく。
その時――不意に、昨日アスカが言ってたことを思い出す。
『お腹側のところ。女の子だったらもっと手前にあるけど、僕は奥の方が好き……』
思わず手が止まる。
わかったんだ。昨日、アスカが俺に何をしてたのか。
アスカは、俺の家庭教師だった。俺が女の子と初めてでもちゃんとできるように、教えてくれてたんだ。
アスカの声が耳元で聞こえてくる。
『初めては本当に好きな人との方がいい』
――ああ、ダメだ。
「ごめん。俺、好きな人がいるんだ。だから雅とはできない」
そう告げて、小さな身体をギュッと抱きしめて離す。びっくりした顔をした雅を残して、俺は外へと飛び出した。そのままバス停に向かって走り続ける。
一秒でも早く、アスカに会いたかった。
家に着く頃には、外はもう薄暗くなってた。玄関に入った途端、俺は大声を出して名前を呼ぶ。
「アスカ!」
「……レン」
アスカがリビングの扉を開けて、ゆっくりと歩み寄ってくる。キレイな顔にほんのりと淋しそうな微笑みを浮かべながら。
俺はアスカに飛びついてしっかりと抱きしめる。
「アスカ、アスカ……!」
甘い匂いが優しく俺を包み込んでくれる。
「レン、どうしたの」
「アスカ、お願いがあるんだ 」
桜色の唇に軽くキスする。ああ、やっぱりアスカとするキスがいい。
「アスカの明日までの時間を、俺がもらってもいい?」
「いいよ」
嬉しそうに微笑むその眼差しは、うっとりするぐらい魅惑的だった。
「レンに全部あげる」
アスカの作ってくれた晩ごはんを二人で食べる。父さんはまだ帰って来ない。
「アスカ、してほしいことがあるんだ」
これはアスカにしかできないことだ。俺の話に耳を傾けて、アスカはにっこりと笑いながら頷く。
「大丈夫だよ。任せて」
天使みたいにキレイなアスカと一緒に過ごせるのは、あと一日と少し。そう考えるだけで、締めつけられたように胸が痛む。
これが切ないっていう感情なのかもしれない。
父さんはかなり遅くに帰ってきたみたいだった。アスカは父さんの身の回りの世話をして、お風呂に入ってから俺の部屋にやって来た。
「どうだった?」
「うん、うまくいったよ」
その返事に胸を撫で下ろせば、アスカは俺のベッドにネコみたいに潜り込んでくる。抱き寄せると、あの甘い匂いがふわりと漂ってきた。
「アスカ、大好きだ」
そう口にすれば、手を伸ばして俺の頭を優しく撫でてくれる。
「でも、俺の傍にはいてくれないんだよね……?」
「レンのことが好きだよ。でも僕は誰のことも愛さないって決めてるんだ。だから、誰ともずっと一緒にはいられない」
アスカの声はすごく優しかった。
どうしてそんなに悲しいことを言うんだろう。
俺には何となくわかっていた。アスカの心の中にはきっと、誰かがいるんだ。そこに俺が入り込む隙がないぐらい大切な人が。俺の母さんがそうだったのと同じように。
「でも、アスカはすごく淋しそうだよ。こんなにキレイで優しくてすごく素敵な人なんだから、アスカは絶対に幸せにならなくちゃダメだ」
「違うよ、レン。僕は、幸せになってはいけないんだ」
その目がみるみる潤むから、俺はびっくりしてしまう。
「アスカ、ごめん……泣かないで」
小さく震える身体を抱きしめる。アスカのことが愛おしくてたまらなかった。俺が守ってあげたい。でも、俺じゃダメなんだ。
「アスカ。明日までは、俺のことだけを考えて。それは無理?」
「無理じゃないよ」
アスカが腕の中で首を振る。ホントは無理なのかもしれないけど。
「好きだよ、レン……」
重なる唇の感触が、すごく気持ちいい。
俺はアスカと抱き合いながら、甘い匂いに包まれて眠る。
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