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act.3 Binding Kiss 〜 the 4th day 2 ※

再び車を走らせて、こじんまりとした遊園地に着いた。低年齢の子どもに対象を絞っているような、小規模の遊園地だ。 休日でさえ、さほど混むことのない場所だ。平日は客より係員の方が多いぐらいだった。 駐車場でエンジンを切ると、アスカが俺の腕を引っ張った。 「ちょっとだけ中に入りたい」 「馬鹿を言うなよ」 「人も少ないし、カップルってことで。いいでしょ」 これで人前に出るのは全く気が進まないが、魅惑的な眼差しに抗えなかった。 もう、これで最後だしな。諦めがついた俺は、アスカに続いて助手席から車を降りた。手錠で繋がった手の指を交差させるように絡ませれば、アスカが嬉しそうに笑う。 そんな屈託のない笑顔もできるんだな。感心しながら唇を盗むように素早く口づけた。 「リュウジさん」 ベッドの上ではあれほど扇情的なのに、こんなキスで頬を赤らめているのが意外だった。 「カップルなんだろ」 俺の言葉にアスカが嬉しそうに頷いた。 ひと気のない駐車場を、エントランスに向かって進む。チケットを買って中に入り、係員に好奇の目でじろじろと見られながら、二人で手を繋いでのんびりと歩いた。 途中で喉が渇いたと言うアスカに、俺はジュースを買ってやった。相変わらず食事は摂っていない。 自殺する人間は死の直前に物を食べないものらしい。確かに何かを食べようという気にならなかった。 「航太くんが好きなのって、どの乗り物?」 アスカはまるで航太が生きているかのようにそう訊いてくる。 「メリーゴーランドとか、汽車とか。あと、観覧車だな」 「じゃあ、観覧車。一緒に乗ろう」 『パパ。かんらんしゃ、のりたい』 『観覧車は、最後がいいんだ。先に別のに乗ろう』 繋いだ手は、少し力を込めれば握り潰してしまいそうなほど小さく柔らかかった。 『どうして?』 観覧車から見える風景は、最後に取っておきたい。映画のエンドロールのような余韻に浸れるからだ。 3歳の子どもにそう説明したところで、わかるはずもなかった。 『大人になったら教えてやるよ』 航太は大人にはならない。永遠に3歳のままだ。 園内を歩いているうちに、観覧車に辿り着いた。 誰も乗っていない観覧車が、ゆっくりと円を描いて回っている。小さな遊園地だが、観覧車だけはそれなりに大きかった。 係員に誘導されるままに、巡ってきた青い箱に乗り込んだ。 「観覧車、久しぶりに乗ったかも。景色がよくて気持ちいいね」 片側に隣り合って座るせいで、重心が傾いている。上昇していく閉ざされた空間で、アスカは俺の顔を覗き込んできた。 「……リュウジさん」 繋がれた指に力がこもる。顔を近づけてキスをすれば、左腕を伸ばして俺の首に回してきた。 「好きだよ」 ゆるりと燻る甘い匂いが俺を優しく誘う。 観覧車が地上に辿り着くまで、景色も見ずに俺はアスカと口づけを交わし続けた。 ゲートを潜って遊園地の外に出る頃には、陽が傾いてきていた。 自宅方面に向かって車を走らせる。帰宅する前に、もう一ヶ所だけ行っておきたいところがあった。 幹線道路から逸れた道を通り抜けて、大きな緑地公園に辿り着いた。翔子や航太とよく来た場所だ。 広い駐車場に車をとめて、アスカに助手席から出るように促した。 「降りるぞ」 二人で手を繋ぎながら、広い公園の中を歩いていく。もう感覚が麻痺しているのか、人目が気にならなくなっていた。 緑の木々は風にそよぎ、夜の迫る空気は少しずつ冷えていく。 このまま消えてしまうことができれば、俺は楽になるんだろうか。 「アスカ。お前、本気で俺と死のうなんて思っちゃいないだろうな」 「思ってるよ」 躊躇いもなくそう答えて、アスカは言葉を続ける。 「契約したとき、PLASTIC HEAVENでユウにお金を払ってくれたでしょう。その料金には、僕の生命の値段も含まれてるんだ」 俺があいつに支払った金は、たったの5万円だ。お前の生命がそれっぽっちの価値であるはずがない。 「この4日間、僕はリュウジさんのものだ。だから心配しないで」 俺は隣を歩くアスカの横顔を見つめる。今にも消えてしまいそうに儚く美しい笑みを浮かべていた。 『もう少ししたら、紅葉狩りができるかな』 翔子が俺に話しかけてくる。 航太を挟んで三人で手を繋ぎ、公園の遊歩道を歩いていた。翔子と航太が亡くなる直前の週末だ。 『その頃、また来ればいいだろ』 俺の言葉に翔子が嬉しそうに頷く。 突然、航太が手を離して前へと駆けていった。地面に座り込み、何かを拾い上げる。 『パパ、ママ。みて、もみじ』 手にしているのは、航太の掌と同じ大きさをした緑色のもみじだ。 もう二度と還って来ない、あの日。 アスカが急に立ち止まり、もたれ掛かってくる。甘えてきたのかと思ったが、そうではなかった。 倒れ込む身体を慌てて抱きとめれば、アスカは浅く呼吸しながら眉根を寄せて硬く目を閉じる。驚くほど顔色が悪い。 「おい、大丈夫か」 「ごめんなさい。平気……ちょっと、立ちくらみ」 よろける身体を抱え込み、近くのベンチに座らせる。しばらく休んでいるうちに、少しずつ顔に血の気が戻ってきた。 「リュウジさん、見て」 うっすらと目を開けたアスカが、俺に語り掛けてくる。前を向けば目に入るのは、西の空に沈んでいく大きな太陽。 「夕焼けがきれい。紅葉みたいだね」 燃えるような色をした空に、不意に目頭が熱くなった。しっかりと握ってくる手を、無言で強く握り返す。 アスカはただ静かに、俺の隣で茜色の空を眺めていた。 自宅へ戻って玄関を開けた途端、重苦しい疲労感に襲われる。 アスカは元気がなく、外に出ている間も足取りが度々おぼつかなかった。 最後にした食事が一昨日の昼だ。しかも、それまでずっと家の中に篭っていたのだから、散々動き回って身体が疲弊するのも当然だった。 二人でぬるいシャワーを浴びた後、階段を上がり寝室へ入った。 「どうやって死ぬの?」 ベッドに腰掛けた途端、アスカがそんなことを尋ねてくる。 「もともと今日死ぬつもりだったから、ちゃんと薬を用意してる。一緒に飲もう」 俺の言葉にアスカは安心したような笑顔を俺に向ける。そして、ひどく淫靡な瞳をして甘やかに誘ってきた。 「リュウジさん、セックスしよう」 「今から死ぬのにか」 「だからだよ。死んだらもうできないでしょ」 アスカは真顔だった。冗談ではなく、本気で言っているらしい。 「ねえ、リュウジさん」 ベッドの上で跪いて、アスカは手を差し伸ばし、俺の頬に触れた。掌の冷たさに目を細めれば、ゆっくりと顔が近づいてくる。 「優しく、抱いて……」 唇が重なり、甘い蜜を注ぎ込むように口の中に舌が挿し込まれる。 もうアスカにはそんな体力は残っていないはずだった。それでも俺は途轍もない吸引力に呑まれるまま、弱った身体を組み敷いていく。 口づけて舌を絡めると、アスカは唇の隙間から吐息を漏らした。濃厚なキスをしながら下肢へと手を這わせていけば、その半身は既に屹立していた。そっと握り込むと、小さく肩を震わせる。 「リュウジさん」 アスカは喘ぎながら、苦しそうな顔で俺を見上げた。 「いつもより、すごく感じる……。ゆっくり、して」 碌に食事もせず自堕落に過ごしてきたせいで感覚が研ぎ澄まされ、少しの刺激にも過敏に反応するのだろう。実際のところ、アスカの身体はまともにセックスできる状態ではないはずだった。 「あぁ……リュウジ、さん……」 ゆっくりと扱いていくと、零れる先走りが指先を濡らした。まだ触れたばかりなのにこの有様だった。 「ん……っ、ふ、あァ……ッ」 丹念に手を動かし続けるうちに息が上がっていく。欲に溺れて身を捩る姿は、俺の性欲を的確に刺激する。 「もう、イくのか」 涙目で頷きながら、アスカは左腕で俺にしがみついてきた。 「あ、ああァ……ッ」 ビクビクと身体が震えて、少量の白濁が掌に吐き出される。覗き込めばぐったりとした顔には生気がなく、呼吸もいつになく荒い。 「満足したか」 そう問い掛ければ、ゆっくりと俺に目の焦点を合わせてくる。 「リュウジさんは……?」 「お前、もう無理だろ」 「いやだ。リュウジさんが、欲しい……」 子どものように駄々を捏ねながら、手錠で繋がる手を握りしめてくる。情欲に濡れた眼差しは、俺を快楽の世界へと誘う。 俺はこんなにも痛々しいアスカに絡み取られて溺れていく。 熟れた身体からは甘い匂いが漂ってくる。指にローションを塗って、後孔に優しく触れればアスカはゆらりと腰を揺らした。 「……は……あ、ぁ……アァッ」 そっと指を挿入すると、しなやかな肢体が跳ね上がった。緩やかに中を解していく。 「ん、あ、あぁッ」 アスカの弱い部分を撫でるように擦ると、しがみつく手に力が篭った。快感を長引かせれば身体に負担が掛かる。最短で絶頂に導くために、俺はそこばかりを攻め立てていく。 「や、だめ……っ、あ、アァ……あッ」 潤んだ瞳で遠くを見つめ、声をあげる。俺の与える快楽に素直に喘ぐ姿は、無防備で美しかった。 「アスカ、好きだ」 耳元でそう囁くと腕の中で大きく身震いする。熟れた身体をしっかりと抱き直したその時、桜色の唇からひとひらの花弁のような微かな声がこぼれ落ちた。 「……サ、キ……」

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