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act.4 Lost-time Kiss 〜 the 2nd day 2

帰路につく頃には、すっかり日も暮れてしまっていた。 「楽しかったね」 家に入った途端、歩が満足げにそう言った。その胸にはアスカに買ってもらったペンギンのぬいぐるみをしっかりと抱きしめている。 「お魚のところ、二番目に行きたかったんだ」 「なんで一番を言わないんだ。中途半端に遠慮するなよ」 どうせなら一番行きたいところを言えばよかったんだ。おかしな奴だなと思っていると、歩は少し淋しそうな顔をした。 「一番のところへは、行けないんだって。ママが言ってた」 「どこに行きたいの?」 アスカが尋ねれば、歩は少し黙ってから口を開く。 「天国。おれのパパ、天国にいるんだって」 その答えを聞いた途端、返す言葉が見つからなかった。 それは嘘だ。今、歩の父親がどうしているのかも知らないが、自分の子どもに対して責任も取らずに行方を眩ますような男だ。仮に死んでいたとしても断じて天国にはいないだろう。 「おれ、パパが生きてたときに行きたいんだ。テレビでやってた。時計がグルグル反対に回ったら、天国にいる人に会えるんだって」 テレビドラマか何かを観たんだろうか。だから歩は、部屋の掛時計を触りたがっていたんだ。あの時計の針を回せば、過去に戻れると思って。 歩の健気な気持ちを思うと、胸が詰まった。 「……そう」 しんみりとした顔で黙り込んでしまった歩の頭をアスカが優しく撫でる。屈み込んで目線を合わせながら、哀しげな瞳で俯く顔を覗き込んだ。 「僕も探してるんだ。天国にいる人に会う方法」 「本当に助かったわ。ありがとう」 歩を迎えに来た姉は、礼のつもりなのか手土産の菓子折りを何箱も買ってきていた。 「ママ、アスカがすごく優しかったよ! ごはんもおいしくて、いっぱいだっこしてもらって、ペンギンも買ってくれた」 「歩、よかったね。すみません、本当にお世話になって」 いつもは調子のいい姉が、しおらしくアスカに頭を下げている。 「いえ。僕の方こそ、アユムくんと過ごせてすごく楽しかったです」 アスカの微笑みは本当に淋しそうだった。それはきっと社交辞令じゃないんだろう。 「じゃあ、お家に帰ろうか」 差し伸ばされた手を払って、歩はアスカの元へと駆け寄っていく。 「いやだ、アスカとバイバイしたくない! アスカと帰る」 アスカにしがみつきながら泣きじゃくる姿は本当に悲しそうで、見ていると胸が締めつけられた。 「歩、ダメよ」 「もっと、アスカと、いたい」 大粒の涙をこぼしながらしゃくり上げる歩を、アスカは優しく抱きしめる。 「僕ももっと一緒に遊びたかったよ。でも、もう帰らなくちゃ」 「アスカ、また遊んでくれる?」 目をうるうるさせてそう言う歩を神妙な顔で見つめて、アスカはこくりと頷いた。 歩はアスカにきつく抱きついて、そのまま頬にチュッと音を立ててキスをする。 「約束だからね」 アスカはびっくりした顔で歩を見て、顔を綻ばせながら小さな頭をそっと撫でた。その眼差しが翳りを帯びていることに、俺は気づいていた。 姉と歩が帰っていくと、俺はアスカと二人きりになった。急に静かになったことが妙に淋しかった。 「食事にしようか。何か作るね」 立ち上がってキッチンに向かうアスカの華奢な後ろ姿は、歩がいたときよりも小さく見えた。 飛鳥が再び姿を消してから、俺は嫌な話を聞いた。 高尾沙生が死んだという噂だ。 けれど死因や状況は誰も知らないようだった。ただ、母親から研究室に連絡が入ったことでわかったらしく、その時にはとうに葬儀も終わっていたという。 どうしてあの時、飛鳥を突き放してしまったんだろう。俺は自分を責めた。飛鳥の様子がおかしかったのは、ただの痴話喧嘩のせいじゃなかったんだ。 飛鳥は今どんな気持ちで、どこで何をしているんだろう。想像するだけで居た堪れなくて、何とかして連絡を取りたかった。飛鳥の携帯に電話を架けたけれど、その番号は既に解約されていた。 俺は飛鳥の家を知らなかった。でも高尾沙生の自宅がわかれば、その隣に住んでいるのだから、容易く辿り着けるだろう。 俺は高尾沙生が在籍していた生物理工学部の研究室に赴いた。そこで飛鳥と連絡がつかず心配していることを説明すれば、家を知っているという人が住所を教えてくれた。それを頼りに俺は飛鳥の家へと向かう。 閑静な住宅街の中で、飛鳥の名字が刻まれた表札の家を見つけた。意を決してインターフォンを押すと、若い女の人の声が応答した。 『はい』 『突然すみません。飛鳥の同級生です』 プツリと音が切れて、玄関から女の人が出て来る。大きな目が印象的なかわいらしい女の人だった。 飛鳥から何度か話を聞いたことがあった。気が強くて我儘で、けれど憎めない姉がいると。飛鳥と顔はあまり似ていないけれど、この人がそのお姉さんに違いなかった。 彼女は体調が優れないのか、ひどく顔色が悪かった。 『飛鳥はここにはいないわ。どこにいるのかわからない。私たちもずっと探してるの』 眉根を寄せながらそう言う彼女は具合が悪そうで、時折お腹をそっとさすっていた。 この家にいないなら、飛鳥は一体どこにいるんだ。 俺は完全に行き詰まってしまった。

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