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act.4 Lost-time Kiss 〜 the 3rd day 1

「……眠い」 「早く寝ないからだよ」 欠伸をする俺に、アスカが呆れたように言う。結局夜通しアスカと戯れて、明け方に二人意識を失うように眠り、目が覚めた頃には既に昼が近づいていた。 慌ててカバンに荷物を詰め込んで家を出て、ようやく乗り込んだ電車の二人掛けシートに座ったところだった。繋いだ手を握りしめると、そっと握り返してくる。 「アスカのせいだ」 「僕、何もしてないよ」 そう言って肩に持たれかかる頭の重みが心地いい。 「月曜日なのに、授業に出なくていいの?」 「お前に言われたくないよ」 俺の言葉にアスカが少し笑う。すぐには無理でも、またいつかアスカとキャンパスで一緒に過ごせるようになりたかった。 昼下がりの強い陽射しが車窓から降り注ぐ。 「ここ、陽当たりがよくて気持ちいい……」 目を閉じてそう呟くアスカの頬は、光を浴びて煌めいている。そっと触れると擽ったそうに吐息を漏らした。 俺とアスカは二人だけの世界で幸せに微睡む。 目的地に着く頃には、夕方になっていた。 旅館でチェックインの手続きをして、部屋まで案内してくれた仲居さんが出て行った途端、アスカが嬉しそうに口を開いた。 「すごい。部屋に露天風呂が付いてるんだね」 「アスカと部屋にこもろうと思って。食事も部屋出しだから、大浴場は行かなくていいよ」 アスカの身体を誰にも見せたくなくてそう言う俺に、素直に頷く。 「僕、こういうところって初めてだからドキドキする」 「え? そうなのか」 「うん……家族で旅行したこともないしね」 家族、と発音するとき、わずかに声が上擦った気がした。 「……アスカ。今、どこに住んでるのか訊いてもいいか?」 恐る恐る尋ねれば、アスカは少し目を伏せる。 「PLASTIC HEAVENのマスターの家にいる」 思っていたよりも容易く返事をしてくれたけれど、その答えは俺にとってはいいものじゃなかった。あの感じの悪いマスターの顔が頭にちらつく。 『覚悟はあるか』 あの時、挑むような瞳で俺を見ていた理由がわかった気がした。 「あの人……ユウは、サキのお兄さんなんだ。だから、僕の面倒を見てくれてる」 途端にアスカの表情が哀しげなものになっていく。 「そっか」 ゆっくりでいいよ。そう囁いて、俺はアスカの頭を抱き寄せる。 高尾沙生の話を聞きたかった。バーのマスターのこと、アスカがしてきた仕事のこと、家に帰っていない理由。俺の知らないアスカのことを、全て。 会えなかった間の空白を埋めていきたい。でも、アスカが自分から言いたくなるのを待たなければいけないと思う。だから俺は、逸る気持ちを必死に抑えて詰問しないようにする。 「アスカ、大好きだ」 そう言って軽くキスをすると、アスカに微笑みが戻ってきた。 ドアをノックする音が聞こえる。食事の時間が来たようだった。 アスカは食が細いわりにはよく食べていた。こうして食欲があることが、精神的に安定している証拠のような気がして嬉しかった。 食事の膳が下げれられて、布団を二組敷いてもらう。カップルだと思われたのか、布団が隙間なく敷かれているのが妙に気恥ずかしい。 「お風呂、一緒に入ろう」 匂うような色香を振りまきながら、アスカは腕を引いて甘えた口振りで俺を誘う。桜色の唇にキスをしながら、俺はアスカの肌を覆うシャツを脱がせていった。 月明かりの降り注ぐ、静かな夜だ。 二人でじゃれるように服を脱いでから外に出て、なみなみと張った湯舟に浸かる。掌で湯を掬えばちゃぷりと音を立てて水面が揺れた。 「身体が溶けてるみたい」 アスカが不思議そうな顔をして腕を擦る。ぬるい湯は重アルカリ性の温泉で、浸かると肌が溶けているような感じがした。

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