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act.6 Platinum Kiss 〜 the 1st day 6

星降るような夜だった。 俺は子どもの頃と同じように、空とホームを抜け出して丘を登っていく。澄んだ冷たい空気が心地よかった。 青臭いにおいを放つ草むらに二人並んで仰向けになる。 空とこうしてここに寝転んで星を眺めるのは、きっとこれが最後だ。そんな気がした。 星が本当に近くて、手を伸ばせば届きそうな錯覚を起こす。 『一海』 耳に届く空の声は、子どもの頃と変わらず鈴の音のように澄んだ美しい響きをしていた。 『一緒にここを出よう』 隣を向けば、真剣な顔をして唇を結ぶ空の顔が目に入る。この夜空のように澄んだ瞳には、戸惑いの表情を浮かべる俺が映っていた。 ひと筋の風が吹いて、頬に草があたるわずかな刺激に俺は目を細めた。 『だって、俺は』 『お願い。一海は、私のたった一人の家族なんだから』 俺の言葉を制してそう言う空の目が、みるみる潤みだす。 『空……』 思わず手を伸ばして艶やかな頬に触れれば、宝石のようにきれいな涙がこぼれて伝い落ち、指先を濡らした。 『一海、私をひとりにしないで』 俺はようやく気づく。育ってきたホームを出ていく空が縋れるのは、こんなに無力な俺しかいないということを。 俺にとっての空がそうであるように、空にとって俺はただ一人の肉親だった。 『わかったよ』 俺の言葉に、空は目を瞬かせる。 『空、一緒に暮らそう』 早く大人になりたい。美しく穢れのないこの人を、俺が守ってやりたい。 空の美しい泣き顔を見ながら、俺はそっと腕を伸ばす。 握り締めた手は華奢なつくりをしていて小さく感じた。 その冷たく心地よい感覚に呼び覚まされて、胸の内からふつふつと強い感情が湧き起こる。 幼い頃から仄かに抱き続けてきたその想いは、成長に伴い痛いほどに肥大してきたものだ。 その正体が何なのかを俺は今はっきりと自覚し、それと同時に閉じ込めようと必死に知らないふりをしようと思った。 それでも禁忌の言葉は頭の中をぐるぐると廻り、俺の気持ちを掻き乱す。 これは駄目だ。決して言ってはいけない。 口にした途端、俺はもう二度と空の傍にいられなくなる。 空。俺は、空のことが──。 リビングのソファに腰掛けると、胸のうちに溜まるわだかまりを吐き出すかのように自然と溜息がこぼれた。 あのバーでアスカは早川と酌み交わし、しばらくすると密やかに二人肩を並べて店を出て行った。 俺はそれを確認した後、真っ直ぐにタクシーで家に戻ってきていた。 しんとした静けさの中、携帯電話を手に取ってリダイヤルを押す。 画面に表示されるのは、アスカに持たせた携帯電話の番号だ。 電話をかけるのは、話をするためではない。二人の様子を盗聴することが目的だ。 俺は二台の携帯電話を用意して、盗聴器兼受信機として使うことができるようにあらかじめ設定を済ませていた。こうすれば、携帯電話は利便性の高い盗聴器として利用できる。 普通の盗聴器ではなく携帯電話を使うのには理由があった。盗聴器と受信機は対で使われるが、一般的に受信器が盗聴器の音を拾える距離には、かなりの制限がある。大抵の場合、受信器は盗聴器から少なくとも数百メートルは近づかなければ音を拾うことができない。 その点、携帯電話には距離に制限がない。携帯電話を二台用意して幾つかの設定さえ済ませれば、どれだけ離れていても音を拾うデジタル盗聴器として使用することができる。今回の場合、距離の問題をクリアするためにも一般的な盗聴器ではなく携帯電話が適していた。 『スピーカーホンに設定してる。多少離れていても音は拾うが、できるだけ傍に置くようにしてくれ』 そう説明した俺を美しい瞳でじっと見て、アスカは口を開いた。 『盗聴までするんだ。随分慎重なんだね』 『この計画は失敗するわけにいかない。気分は悪いかもしれないが、我慢してくれ』 こんなものを用意したのは、離れている間の様子を窺うためだけではない。盗聴されていることを意識していれば、アスカはこの仕事をきちんとこなそうとするだろう。そう考えて、事前に揃えていたものだった。 息の詰まるような沈黙の後、不意に顔が近づいてきて柔らかな唇が重なる。挿し込まれる舌は生き物のように俺の舌を絡め取り、濡れた音を立てながら混ざり合う唾液を味わい尽くしていく。 まるで、捕食されているようだ。 『──いいよ』 甘く濡れた桜色の唇からこぼれる言葉が、冷たい空気を震わせる。 『うまくやるから。その代わり、ちゃんと聴いててね』 この世界で類稀なる美しさを手にする男は、背筋が寒くなるほど妖艶に微笑んだ。

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