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act.6 Platinum Kiss 〜 the 3rd day 7 ※

胸の内にはとめどなく湧き起こる支配欲が渦を巻いていた。 幸也から与えられていた規則正しいリズムを乱すように腰を動かして突き上げれば、悲鳴のような嬌声が漏れてくる。 『ああ、あ……ッ!』 そのまま何度か奥を抉るように突けば、突然腹の辺りに生暖かい感触があった。 中の締めつけが急に強まって、持っていかれそうになる。 痛いぐらいにキツくしがみついてくる幸也の身体は小刻みに痙攣し、触れてもいないのに達したのだとわかった。 『……一海』 幸也がゆっくりと顔を上げた。快楽に酔う甘い眼差しを見て、瞬時に思う。 ああ、俺はなんて酷いことをしているのだろう。 『一海、好きだ』 胸に秘めた赦されない罪を告白するかのように。 子どもの頃と変わらず、幸也は肩を震わせて泣きながら唇を開く。 『ずっと好きだった……』 涙を拭うように頬に口づければ、また新しい雫がこぼれてくる。その想いに応えてやれないことに、胸が痛んだ。 『幸也……』 『想い出があれば、大丈夫だ』 そう言いながら、幸也は潤ませた目に俺を映しだす。 未来への不安に翳る瞳は、それでも強い光を宿していた。 『ねえ、一海。僕はきっと、この記憶を胸にこれから生きていく』 幸也が向かい合ったまま俺の首に絡ませた腕に少しずつ力を込めて、腰を揺さぶっていく。 濡れた身体が合わさり、わずかな隙間を作ることさえ許さぬほどに密着していた。 ゆっくりと腰を上下に振るその動きで、擦れる部分から強い快楽が生まれて、罪の意識さえも容易く呑まれてしまう。 『……ふ、あぁ、あ……ッ』 甘く蕩け切った声が、聴覚を鋭く刺激していく。 幸也の腰使いは巧みだった。それは、俺が知らない間にこいつが過ごしてきた時間の過酷さを物語っていた。 幸也を俺のものにしたい。 強く激しい気持ちが後から後から湧き起こってくる。けれどその感情をなんと呼べばいいのか、俺にはわからなかった。 背筋を駆け上がる快楽を逃すように強く背中を抱きしめて見下ろせば、一面を覆う大輪の花弁が目に飛び込んできた。 囚われた者に刻み込まれた、痛々しい烙印。 細い身体をそれごと掻き抱きながら、強引に口づける。 『──っ、ん……、んッ』 合わさる唇の隙間から、くぐもった喘ぎがこぼれた。 『一海……っ、かずみ……ッ!』 溺れる者が縋るように必死にしがみつきながら、身体を揺らして快楽を訴えてくる。 『ダメだ、も……、あっ、あ……!』 繋がる部分に強い収縮を感じて、引き摺られるように堪えきれなくなった熱を吐き出した。 その瞬間だけ、俺は逃れることのできないしがらみの全てを放り投げていた。何もかもを忘れて、ただ魂が漂う感覚に身を委ねていた。 このまま俺を縛りつけるものから解放され、ずっとこうしていられるのならどんなにかいいだろう。 けれどそれが無理なことは、誰よりもよくわかっていた。 『一海……最後のお願いだ』 荒い呼吸を押さえつけるように、幸也は俺の名を呼ぶ。 耳元で響く落ち着いた声に、浮ついていた意識がゆっくりと身体に戻ってくる。 『一海のすることを、止めようとは思わない。思うようにすればいい。だけど、必ず逃げ切ってくれ』 余韻に揺蕩いながら、俺はその声を静かに聞いていた。 「水族館に行きたい」 仄かに憂いを帯びた眼差しを向けて、アスカは子どものようなことを言う。 「水族館?」 アスカが口にしたのは、高速に乗ればここから一時間ほどで行ける施設だった。 「駄目かな」 男二人で水族館に行って、何がいいんだとも思うが、そんなに切実な表情で言われると断れなかった。 「水族館なんて、小学校の遠足以来だ」 そう呟きながら、シフトレバーに手を掛ける。 目の端に映るアスカは、淋しげに微笑んでいた。 平日で客足も疎らな館内に足を踏み入れた途端、巨大なパノラマ水槽が目に飛び込んできた。 暗い空間を照らすように深い青が煌きながら拡がる。自分が海の底にいるような感覚がした。 隣で立ち尽くすアスカを見れば、喰い入るように色とりどりの魚が泳ぐのをじっと見つめている。 PLASTIC HEAVENに入ったときに、海の底を連想したことを思い出す。 バーの店内は青を基調とした照明で、仄暗い水の中を光が射し込むような空間だった。 店の名には相応しくない、海を擬態した場所。 アスカはあの店に行ったことがあるのだろうか。 不意に、アスカと身体を重ねたときのことを思い出す。 アスカとのセックスは、意識が海の底深くへ沈み込むような錯覚をおぼえる。 甘く濡れた快楽に塗れながら、二人でドロドロに融けて縺れ込むように溺れていく、あの感覚。 「カズミさん」 ガラス越しに揺らめく水を見つめたまま、アスカが俺の名を呼んだ。 躊躇うように、細い指が俺の手の甲を掻く。 「手を、繋いでもいい?」 こんな人前でか。 怪訝に思い口を開きかけた俺は、その横顔を見て言葉を呑み込む。

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