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act.6 Platinum Kiss 〜 the 3rd day 12 ※

穢れを知らない澄んだ瞳に涙を湛えて、アスカは俺をじっと見下ろす。祈りを込めた眼差しが、俺に向かって真っ直ぐに注ぎ込まれていた。 性を超越したその姿は禍々しいほどに美しい。けれど羨望されて止まないほどの容姿に、アスカは何の執着も持たない。 全てを忘れてしまいたい。望むのはただそれだけなのだ。一心に咲き乱れながらもいずれ散りゆく運命を待つ花のようだと思う。 危うい儚さに駆り立てられて、俺は性の衝動を抑えきれなかった。気が狂わんばかりの快楽を求めて、その身体の奥深くを穿っていく。 「あ、んッ、あぁ……ッ」 熟した匂いを撒き散らしながら、アスカは俺の首に腕を絡ませ、腰を揺らして応えてくる。呼吸さえ塞ごうとするかのように纏わりつく闇の下で、人知れず花は鮮やかに咲き誇る。 アスカのひときわ弱い部分を押し潰すように腰を動かせば、俺を包み込む中が引きちぎるほどの勢いで締めつけてきた。 「あぁ……、ァ、あ……っ」 仰け反る喉が艶かしく動いて、高い嬌声が途切れ途切れにあがる。二人の間に挟まっていた震える半身から、薄い蜜がこぼれた。 もう出すものもないのだろう。水揚げされた魚が酸素を求めて喘ぐように、その先端は小さな口を苦しげにヒクヒクと動かす。そんな痛々しい光景にさえ、俺は欲情していた。 刺激を与え過ぎないように緩やかに腰を動かして、余韻を長引かせてやる。 「……あぁ……、は…ぁ……」 アスカは恍惚とした表情で虚空を見つめ、揺さぶられるままに何度も中をうねらせて快楽を享受する。 闇雲に身体を重ねて行為に没頭するうちに、自分のいる場所が曖昧になっていく感覚がした。愛とか幸せとか、そういう俺とは無縁のものに包まれている。そんな錯覚を起こしてしまう。 けれど、わかっていた。それは今この瞬間だけで、そんな幸福感はこの行為が終わってしまえば跡形もなく消えていくことを。 闇の中で浅く呼吸をしながら、俺は自分に言い聞かせる。醒めることのないこの悪夢は紛うことなき現実で、ここは人里離れた孤独な世界の底なのだと。 そして今こうして俺と繋がっているこの男も、同じところにいる。アスカの背中にあるのは天使の羽根ではなく、自らを雁字搦めに縛り付ける十字架なのだ。 汗に濡れた背中を抱きしめて、掌でさすっていく。アスカの背負う苦しみを、ほんのわずかでも受け止めてやりたい。それが痛みを抱える者同士が傷を舐め合うだけの、ほんの一時の慰みに過ぎないとしても。 けれどその感情をどう表せばいいのか、俺にはわからなかった。だから仕方なくありきたりの言葉を吐き出した。 「アスカ、好きだ」 閉ざされた世界は静かだった。 神の目さえ届かない二人だけの空間に、呼吸音が混ざり合う。 「……好き……」 理性の抜けた身体で本能のままに快楽を貪りながら、うわ言ののようにアスカが声を漏らす。 「本当は……好きなんだ……」 悲痛な言葉が誰に向けて紡がれたものなのか、俺には知る由もない。 「ん……、ふ、ん……っ」 言葉を遮るように口づければ、唇の端から飲み込み切れない唾液がこぼれ落ちた。 アスカとのセックスは、高みに昇ろうとすればするほどなぜか深く沈んでいく。いつしか海の底を這うような感覚に陥ってしまう。 今にも崩れ落ちそうな身体を両腕で支えて熱く爛れた奥を抉るように突き上げていけば、俺はアスカの一番深いところへと引き摺り込まれていく。 「──っ、あぁッ、あ、ああ……ッ!」 強く締め付けるその最奥に、身体を這いずるように廻り続けていた熱を迸らせる。首にしがみつく両腕から、ずるりと力が抜けた。 限界を超えた身体を支えてベッドにそっと横たえれば、アスカはうっすらと目を開ける。朦朧とした意識の糸を手繰り寄せるように、その唇から俺の名がこぼれた。 「カズミ、さん……」 ようやく薬が抜けたのだろうか。 顔を覗き込むと、ゆっくりと目の焦点を合わせてくる。弱々しく伸ばされる右手を取って包み込むように握りしめれば、アスカは唇をそっと微笑みの形に歪めた。 その目尻から、一筋の涙が煌きながらこぼれて伝い落ちる。 星ひとつ見えない闇の中で、神の申し子のように美しい者は懺悔の言葉を紡ぐ。 「僕は、人を殺したことがあるんだ……」

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