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act.6 Platinum Kiss 〜 the 4th day 2

俺は本当に空のことを愛していたのだろうか。 時間が経つにつれ、空に抱いていた名もなき感情は、溶き油を混ぜたようにどろりと滲んで曖昧になっていく。 確かに、愛していたのかもしれない。けれどそれと同じぐらい俺は空を憎んでいた。 空の仇を討ちたい。その気持ちは、けっして揺らぐことはない。目的さえ遂げてしまえば、俺を雁字搦めに縛りつけているこの相反する感情から解放される気がしていた。 何もかもが今日で終わり、俺はようやく自由になれる。 食事を終えて後片付けを済ませたアスカが、ソファに掛ける俺の元へと静かに歩み寄ってくる。猫のようにしなやかな足取りだ。 「カズミさん」 ほんの少し距離を空けて隣に腰掛けたアスカは、俺の手を取って細い指を絡めてきた。 ひんやりとした体温が掌から伝わる。もしかするとアスカも今日を迎えて緊張しているのかもしれないと思った。 「お姉さんの話を、もう少し聞かせてほしいんだ」 「そんなことを聞いてどうする」 繋いだ手を握り直しながら、アスカは眩しいものでも見るかのように目を細めて口を開く。 「今日は大切な日になる。記憶を共有したい」 俺が救いを求めて手を差し伸ばせば、アスカは何を犠牲にしてもこの手を取るのだろう。契約を交わしたこの四日間を守り抜くために。 無性にそんな気がした。 真夜中に携帯電話の着信音が鳴り響く。 その時の俺は眠れない身体を持て余してきて、外へ出て走りにでも行こうかと思っていたところだった。 ディスプレイを確認すれば、空からの着信だった。 午前一時を過ぎているのに、姉から電話が架かってくる。途轍もなく嫌な予感がした。 気を張り詰めながらも、なるべく穏やかな声に聞こえるよう応答する。 『もしもし、空』 『一海……』 思わず耳を疑う。受話口越しに聞こえるのは、鈴の音のようなあの声ではなかった。絶望にしわがれた、老婆のような声音だ。 『空、どうした』 尋常じゃないその様子に、俺は返事を待つことなく車のエンジンキーを手にして玄関へと向かっていた。 以前にも同じようなことがあった。俺は封印していた思い出を呼び覚ます。空を抱いた、最初で最後のあの忌まわしい記憶を。 『一海、瑛士さんが……』 耳元で聞こえていた悲鳴を押し殺すような囁きが、嗚咽で途切れた。 『空、なんだよ。ちゃんと言ってくれ。空、空!』 大声で呼び掛けながら、俺は脚が縺れそうになるほどの勢いでアパートの階段を駆け下りていく。 この通話を切れば、俺はもう二度と空とは会えない。そんな縁起でもない予感が頭を過ぎった。 『空、空! 大丈夫か』 『一海……』 怯えたように震えるか細い声が、微かに耳に届く。 『ごめんなさい……』 声はそこで途切れる。通話の切れた後の無機質な電子音に慌てて履歴から電話を架けた。電源を落としたのだろうか。留守番電話への接続を知らせる音声が耳元で流れた。 早く空に会わなければ。ただ、その思いしかなかった。 俺は車に飛び乗って、無我夢中で真夜中を駆け抜ける。行く先は空の住むマンションだ。 空が家にいる保証なんてどこにもない。けれど電話があったとき、辺りは静かで外にいる様子はなかった。 マンションが面した道の路肩に車を横づけしながら、空がこの中にいることを祈る。何の根拠もなくても、今はそう信じたいと思った。 車から降りてエントランスに飛び込んだ俺は、重厚な木目調の自動ドアの前に立ち尽くす。 そうだ、ここはオートロックだ。 空の部屋番号を押すが、応答はない。苛立ちながら何度も同じ番号を押して、無駄だと察した俺はやむなく隣の部屋番号を呼び出した。 夜中にこんなことをすれば、警察を呼ばれるかもしれない。それならそれでかまわない。たとえわずかでも中に入れる可能性があるなら、それに賭けるしかなかった。 『はい』 訝しがるような低い男の声がした。見も知らぬその声の主に、俺は藁をも縋る思いで訴えた。 『すみません、開けて下さい。隣の部屋で姉が倒れてるかもしれない……!』 言葉足らずなのはわかっていた。けれどそれ以上うまい言葉を言えるほど頭は回らなかった。 重い沈黙が続く。俺は目の前のカメラを喰い入るように見つめ続けた。 頼む、開けてくれ。 静けさの中で、祈りが通じたかのように解錠を示す機械音が鳴った。 ゆっくりと開いた自動ドアの隙間を縫うように中へと入り、一階に止まっていたエレベーターに乗り込む。 最上階に辿り着くまで、時間が止まっているかのように長く感じた。 階上に着くや否や空の部屋の前まで走り、玄関扉を強く引いてみる。鍵が掛かっていてビクともしない。 何度も取っ手を引きながら、インターホンを押し続ける。 『空! 空!』 右側で扉の開く音がした。 隣の部屋の玄関扉から、初老の男がこちらの様子を窺うようにゆっくりと出てくる。エントランスのオートロックを開けてくれた部屋の主に違いなかった。 俺は見も知らぬ男の元に駆け寄り、勢いよく頭を下げて頼み込んだ。 『お願いします。そちらのベランダに通して下さい 』

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